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広島カープと昭和40年男。

2016 年 9 月 4 日 プロデューサー コメント

ファンのみなさま、いよいよ秒読みとなってまいりましたな。我がタイガースは来シーズンに向けて走っております(笑)。

 

 

今回リーグ優勝すると25年ぶりとのことだ。ひぇー、四半世紀だよ。長い年月待ち続けたファンの方々にとってはその分喜びも大きいことだろう。カワイイカープ女子なんて生まれて初めての優勝を味わえるもうあと一歩のところだから、油断せずに応援しましょうね。

 

 

前回優勝したのは1991年で、残念ながら僕にはほとんど記憶がない。そんなタメ年諸氏も多いのではなかろうか。バブルは崩壊を始めていたけれど、そもそもその恩恵を感じていない我々世代にとっては崩壊どころか忙しくなる一方だった。いっぱしに仕事を覚えたつもりになり、走り回っていた頃じゃなかろうか。僕自身も仕事とバンドの二足のわらじを履いてバタバタしながらも、会社を設立したメモリヤルイヤーだ。

 

 

そんな記憶に薄い優勝を含めて、カープは過去6回のリーグ優勝を飾っている。そのなかで、昭和40年男の記憶にがっちりと残っているのはなんてったって昭和50年の初優勝だろう。絶対ジャイアンツの時代に生まれ育った俺たちだ。V9は昭和40年にスタートしたのだから、記憶のあるなしはどうあれジャイアンツの優勝しか知らない俺たちが、カープ優勝の前年にV10を逃す瞬間を目撃した。さらに永久に不滅だと言いながら長嶋さんが現役を去り、監督就任して迎えた昭和50年のシーズンは球団設立以来初となる最下位を記録した。その真逆に栄光を勝ち取ったのが赤ヘル軍団だった。イキイキとした選手たちも印象的だったが、小柄で色男の古葉監督に魅力を感じたガキで、巨人がなけりゃ人生がつまらないというタイプの親父もえらく褒めていた。

 

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去年の1月発売号に古葉元監督が登場してくださった。特集を『俺たちが震えたあの瞬間(シーン)』としてさまざまな瞬間を精査したなかに、堂々と昭和50年の初優勝が入って話をうかがったのだ。ページの冒頭を飾る写真はご覧のとおり古葉監督がうれしそうに宙を舞っているカットだ。このインタビューの締めくくりで優勝を振り返りこう語っている。

「原爆が落ちて百年は草も生えないと言われるなかで、カープは市民のみなさんの支えになっていたんですね。そのことがあらためてわかり涙が止まらなかった」と。そしてこの言葉に、現場取材陣が一同涙したなんてエピソードがある。

 

 

快く取材に応じてくださった元監督への感謝の気持ちもあり、目の前に迫っているリーグ優勝が待ち遠しく感じる。勢いのまま日本シリーズ出場を勝ち取り、日本一を目指してほしいと願う。生粋のファンのみなさんにはうざったいだけかもしれないが、応援させていただくぞ。

 

 

  1. avatar
    小西
    2016年 9月 4日 22:42 | #1

    同県人として、懐かしいです。
    うちの父親も阪神ファンでしたが、
    古葉監督が、
    カープ優勝のご褒美V旅行を全額球団負担にさせた、
    と、カープファンでないのに男気を買ってたのを
    思い出しました。。。

  2. そうなんですね。古葉さんのさまざまな行動から、心ある監督だと多くの大人たちより喝采でしたよね。

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    プロデューサー