懐かしのスポーツバッグブーム。

かばんひどい腰痛に悩まされた時期があり、カバンを背負えるタイプにしてもうずいぶん経つ。かつては長く使えてカッコいいのにこだわっていたが、痛みとか病の前ではやせ我慢もできなくなるものだ、やれやれ。旧型の重いパソコンを常に入れ、出張の多い僕は写真のようにパンパンに詰め込むことが多いから傷みが激しく、カバンは今や使い捨て状態になっている。若き日の僕がこのカッコ悪いのを背負っている姿を見たらさぞ嘆くことだろう。

カバンでふと懐かしく思い出したのが中学時代のスポーツバッグブームだ。1人、また1人と部活もやっていないのにスポーツバッグ通学になっていき、欲しくて欲しくて身悶えながらねだってやっと買ってもらったのは、黄緑色の派手なアディダスだった。それにしてもおかしいのは、誰も彼もが通学カバンをつぶしてなにも入れず、スポーツバックに必要な物を入れて2つ持ちしていたことだ。若さとはなんと愚かでバカげているのだろう。されどいい想い出である。

さらに愚かだったのが高校時代のタバコのパッケージでデザインされた紙袋ブームだ。高校時代にこれで通学するバカモノが瞬間的にだが増殖した。現代に比べればブームを作るのがたやすい時代だったのは間違いなく、カバンに限らずありとあらゆる刹那的なブームが次々に僕らの財布、もしくは親の金庫を直撃した。

あの頃のブームをよくよく眺めてみると理由を説明するのは難しいものばかりだが、そこには選択肢がキチンとあったものが多い。カバンの2つ持ちも不便な紙袋も、そこにはガキなりのセンスがにじみ出ていたのだ。比べるとつくづく情けないのは、こんなカッコ悪いカバンで歩いている昭和40年男だ。あの頃の意地を取り戻せと言いたいところだが、腰痛の前には沈黙するしかない。

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