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おっさんを感じた旧友との再会。

2016 年 6 月 22 日 プロデューサー コメント

一昨日の『浅草秘密基地』に中学時代の同級生がに来てくれた。ずいぶんと長いこと会っていなかったが、多感な頃にケンカしまくった仲というのが、長い空白の時間を一気に埋めた。スゲー楽しい時間を過ごしたのだが、さすがに50歳を過ぎたおっさん同士で、時系列や出来事の記憶が双方まだらになっている。「えっ、違うだろっ」を何度も繰り返しながら、記憶の強い方が採択されていき、結果的に10代の自分をずいぶん取り戻したのだった。

 

 

彼とは中学3年のときにバンドを組んだことが付き合いの始めで、それまではほとんど知らない存在だった。結成してからというもの、バンドの2トップとして常に議論を繰り返した。リーダーという存在を明確にしていなかったグループだったが、実質彼がリーダーだった。冷静に物事をとらえて順序立てて整理していく彼と、暴走ばかりを繰り返す僕は、不思議なことに極めてうまくいった。凸と凹の部分が明確だから言い合いは仕方なしで絶えなかったが、それによって僕は大きく成長させてもらった。

 

 

そしてこの日はおもしろいことに、秘密基地にちょくちょく来てくれる当時のドラマーとマネージャーも来てくれた。かつて熱くなった者同士での語らいは尽きず、終電を逃してしまった。

 

 

中3のときに結成して、高校時代はプロになることだけを意識した活動で、今考えても凄まじいまでの集中力だった。メンバー同士で気に入った音楽をレコメンドしては議論を交わす。そんな日々は音楽の知識を高めてくれ、バンドの音は3年間で激変した。とくに彼はそのチョイスのセンスがいいから、僕をミュージシャンとしても大きく成長させてもらった。ボブ・ディランやブルース・スプリングスティーンを強く押し込んでくれたことには感謝が尽きない。今も僕にとってのベスト・アルバム10に入る『明日なき暴走』は、あの日の彼の情熱的なレコメンドを思い出させてくれてちょっと笑えたりする。そんなおかげで、結成時はハードロックメインだったバンドがハードな部分や華美な楽曲作りをドンドン排除していき、高2の終わり頃にはストーンズやフェイセズっぽい音を目指すバンドに変化していた。その後はいろいろな音楽の要素を取り入れながらそのベースは変わらず、ひとりぼっちになってしまったが今の音楽作りに繋がっている。

 

 

あの日の高い集中力によって音楽を愛し続けてきた。そしてこれは仕事への姿勢にもそのまま繋がっているのだから10代の自分を少し褒めてやろうと、そんな気分になった旧友との語らいだった。

 

 

     

 

 

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