富士に見とれる昭和40年男。

ご近所の書店、コンビニでの動きはどうやらいいように思える最新号だ。まだ手に取っていない同世代諸氏はぜひ覗いてほしい。気に入らなかったら財布は閉じたままで結構。立ち読み上等である。さて今日よりは、昭和40年男の四方山話に戻させていただくのでゆるりとお付き合いいただきたい。

富士山
美しい。先週末のバイクイベントの会場で思わず息をのんだ。緑が濃く、5月の爽やかな風を受けながらおっさんはしばしうっとりしていた(仕事しろっ)。幼少の頃は憧れの存在で、ちらしの裏に何度も何度も書きなぐった。間近で見たことがなかった小学生は、テレビや写真で見てはヘタクソな絵におこしたのである。

家族旅行でなんどもリクエストしたがそれは叶わなかった。その圧倒的な美しさに間近で触れた10代後半の僕は、それはそれは深く感動した。以来、何度みても飽きることなくいつもうっとりとさせられる。機嫌の悪い日が多い山で、ウチが作っているバイク雑誌の編集部員はちょくちょく泣かされる。出張で近くを通るのに見られないこともしばしばあり、そんな日は金返せってな気分になってしまう。

日本人の心に強く影響を与えていることだろう。美の意識の底辺にDNAレベルで染み付いてるんじゃないか。小さな子供たちもこの景色に深く見入っている姿に、そんなことを考えさせられた。

東京のアチコチにある富士見の付く土地では、いつも江戸っ子たちを喜ばせたことだろう。北斎や広重の絵を見るとその人気ぶりに思いを馳せる。当時は旅立つことが相当の贅沢で、間近で見るのは難しかっただろうから、彼らの絵がそれを満たしていたのかと思うとこれまた江戸っ子たちの笑顔が浮かぶ気分だ。そしておもしろいことに絵には合成がある。東海道を徒歩で制覇する『昭和40年男』のかつての人気企画(!?)で、それを発見しては楽しんだ。「この方角に富士山はないじゃん」てね。それほど富士は愛され、人々の心につよく影響していたということだ。写真は正真正銘、iPhoneで撮ったものですよ(笑)。

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