ホーム > プロデューサーのつぶやき > 昭和56年、15歳の昭和40年男。

昭和56年、15歳の昭和40年男。

2016 年 3 月 31 日 プロデューサー コメント

3117b0da576ea40792328e8daa584aa8-300x40035年前の今日、僕はコイツをブイブイ言わせて初ライブを行なった。東京が誇る楽器街の御茶の水にある楽器屋の、小さな小さなホールだった。右も左もわからないような状態で誰の教えも請わず、今考えればよくぞやったものだ。そしてこの日を境に僕の人生はダメになった(笑)。

この日の朝までは教師になるつもりだった。金八先生と北野広大先生のどっちを目指すかは迷っていたが、生徒たちと涙を流す熱血野郎に強く憧れていたのだ。信じられないことに、やがて入学する高校で勉学に励もうと希望を描いていた15歳だ。ライブをやるくらいだから音楽は大好きだったが、プロのミュージシャンなんてのは雲の上の存在で、現実にイメージするにはあまりにも遠すぎた。

ライブってのは麻薬のようなもので、薬師丸ひろ子さん以上の「カ・イ・カ・ン」だ。レベルの低すぎる演奏ではあったものの、サクラになってくれた友に助けられそれなりに盛り上がった。お客さんに少しでも喜んでもらおうと、サービス精神旺盛な選曲が貢献したのかもしれない。オープニングはジミヘンのアメリカ国家を真似て『君が代』を弾いて、そのまま『ハイウェイ・スター(ディープ・パープル)』に繋げた。そんなヘビーな感じで始まったくせに、『レット・イット・ビー(ビートルズ)』やシャネルズの『街角トワイライト』なんてのも入れたりして。でも『天国への階段(レッド・ツェッペリン)』と『キル・ザ・キング(レインボウ)』を終盤に持ってくるあたり、やっぱりハード好きなんだとアピールしたりした。ウーム、若さとは勇気なんだな。

終った夜のことだ。6人のメンバーはハイテンションのまま、己のすべてをかけてミュージシャンになることを誓った。たった1度のライブで完全にジャンキーになってしまったのだ。このライブによって、教師になりたい気持ちははるか彼方にすっ飛んだ。以来、まだ夢は叶ってないが、歌うことにしがみつくように生きるダメなヤツのまま35年が経っちまった。ただよかったこともある。やっちまえばなんとかなることを強く学んだのだ。以来、無謀な人生を送り続けていることはこの日のおかげだ。つうことで、35年前の今日は僕の第2の誕生日なのだ。カンパーイ!!

 

 

 

  1. コメントを募集しています。