復活じゃ。

本日より、勇気を持って通常に戻します。ここ数日書き続けて来ましたが、自粛からは
なにも生まれてこない。戦後最大の危機的状況下で、日々深刻になる一方ではあるが、
僕の心意気をお届けしよう。とはいえ、現実的な日常を綴るとどうしても絡んできてしまう
から、過去ネタというか震災前の話題を中心にいきましょう。不謹慎だと思われる方は、
この時点で閉じてください。きっと腹が立つだけでしょうから。

佐藤信哉という男がいる。尊敬する物書きでありバイク乗りで、僕はシンヤさんと呼んで
いる。彼と呑むといつも朝までになり、体には強烈なインパクトを残すのだが、それ以上に
痛快な笑いと爽快な気分になる。なぜか? 本物だからだね。真っ直ぐで妥協がなくて
努力を惜しまない。うーん、言葉にしてしまうとありきたりなのだが、ともかくサイコーな
男なのだよ。心の底をさらしても恥ずかしくない友でもある。少し前になる彼との酒席の
レシートが、財布の中からくしゃくしゃになって出てきた。これが壮絶なんでレポートとして
お届けしようという、もうこれって究極の駄文ですな。くどくなるが今日からは、これで
いいのだ(おお、なんとグレイトな言葉なんだ、赤塚先生)。

立ち呑み屋に入り、生ビールでの乾杯からスタートだ。僕はすぐに焼酎の水割りに切り替え
たが、シンヤさんは生を続け1軒目は2杯ずつで立ち去った。続いて突入した居酒屋は、粋な
席があり「ここ通るたんびによお、この席で呑りたかったんだよ」と陣取った。透明のビニール
シートで寒さを遮断した店外スペースである。生を続けるシンヤさんに、僕はホッピーで応戦
した。途中から職場の仲間を紹介したく招き入れ、ガンガンいったレシートには生18杯と
ホッピーセットで4杯と、中12杯と刻まれている。スゲー、これってすごい量じゃない? 
途中参加の男はあまり強くなくせいぜい4〜5杯だろうから、シンヤさんは少なくとも13杯の
生を腹に収めたことになる。僕はホッピーすべてだ。2人の年齢を足せばもうすぐ100歳になる
コンビがこれだけ呑んで、生きていることが素晴らしい。さらにもう一軒てことで、ここでは
シンヤさんの仲間が合流してさらに生3杯と僕もホッピープラス中で追随した。よっしゃー、
締めはカラオケじゃーとここでは2人ともに呑みパワーはとうとう尽きて、麦焼酎のロックと
シンヤさんはここでも生ビールで、1杯ずつで朝を迎えたのであった。呑みパワーは確かに
尽きてしまったが、そのまま歌唱パワーを全開にさせる。4時間とチョットの時間を、
おっさん2人は曲をひたすら入れて歌いっ放しである。このパワーをなにか別のことに使えば、
なんて無粋なことを考えてはいけない。アルコールをしこたま流し込みながら、気持ちを
というか心をフル回転させた12時間を超えた壮絶な酒宴を終え、朝の光に包まれ握手を
交わした。「また呑りましょう」。翌日というか当日の仕事が地獄なのはいうまでもないが、
やはり気分はサイコーである。

学年にして7つ歳上でこの呑みっぷりは、驚愕であり健康のことなんかまったく気にも
かけちゃいない。酒に限ったことでなく、なにごとにつけ守りに入らない姿勢が魅力だ。
見習いたい兄貴分だな。つうわけで計4軒で2人が呑み干した酒量は、生ビールが20杯と
ホッピーがセット5杯と中が13杯に、焼酎の水割りとロック1杯ずつとなったのだ。
レシートは残さない方がいいな、書きながら気持ち悪くなってきたよ。

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2件のコメント

  1. ご無沙汰しております。山内です。
    まさにおっしゃるとおり!!
    復興には人手がいる!人を動かすのにはお金がいる!
    今こそ、日本経済をさらに活性化すべく努力しなくちゃいけないはず。
    よし、いっちょやったるぜぇー! 
    と、言っても、何ができるか分からないけど…。
    取りあえず、ホッピー1杯!!!

    • おおっ、山内さんご無沙汰ですな。相変わらず忙しかったんでしょ? そろそろウチの編集部員として覚悟を決めてくださいね(笑)。

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