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スーパーマリオってどうだった?

2011 年 1 月 25 日 プロデューサー コメント

昨日に引き続き昭和60年ネタであるが、スーパーマリオが大ヒットした年らしい。
昭和40年男はファミコンで遊んだか否か? 僕個人はもちろん否だ(笑)。
どうしてかといえば、一つは時間がなかったからだ。バイトしなくちゃならないし、
女の子と遊ばなくちゃならないし、夢を追いかけなくちゃならないし、
酒を呑まなくちゃならない。今に至るショートスリーパー体質は高校時代に
確立し始め、この頃に完成したといっていい。そこにゲーム機の入り込む余地など
なかったのである。仲間にファミスタとかいう野球ゲームにはまったヤツがいて、
たまに噛ませ犬にされたりしたが夢中にはならなかった。
ロールプレイングゲームなんてのは、未だに何のことだかわからないほどだ。
僕にとってゲームの最高峰は永遠にインベーダーであり、中学時代で
終わってしまったのだ。そんな古い人間であるから、今回の特集でファミコンを
どの程度で扱えばいいのか判断に迷っている。ぜひみなさん、アドバイスください。

 

ファッションはガンガンやるべきだろうと突き進んでいる。丸井の赤いカード
DCブランドブームを加速させた頃だよ。成人式なんかブランド自慢だったからね。
雑誌もパワフルなのがたくさんあって、サブカルチャーへの興味も強い時期だから
もう百花繚乱てな感覚がある。いいね、沈まぬ太陽を信じていた頃だ。
音楽もすごいことになっていて、創生期と完全に決別して個性の時代へと突入していた。
一方で巨大化するマーケットに振り回されながらもがき苦しむミュージシャンも
たくさんいた時代だ。個性をレコード会社がつくりあげることも容易にできた。
音楽に限ったことでなく“仕掛ける”という言葉を大人たちが好んで使い出したからこそ、
やらせなんて言葉も日常で使われることになったのだ。
いや待てよ、すでに僕たちはもう大人の仲間入りをしていたのである。
そんな中で『USA for AFRICA』には涙したね。レコード屋の店頭であのビデオを
流しているのにかじり付き、人目をはばかることなく涙を流していた。
音楽の力、人の心の力ってこれなんだって。

 

昭和60年は、おそらくこの連載特集にとっては、もっとも近年の扱いとなるのではないか
と思っている。これ以降ではもう近すぎるかなと。せいぜい、バブル期をやりたいとは
考えているが、“夢、あふれていた俺たちの時代”で扱うのではなく、巻頭特集として
扱った方がいいかなと。だってね、ああいう終焉を迎えたのに、夢あふれていたと
表現するにはちょっと違う気がするでしょ? 山一証券社長の涙とか。
だったら“俺たち、バブルの申し子だ”とかいうタイトルで、バカバカしくやりたい。
今後要検討ですな。

 

2日連続で次号の宣伝のようになりましたが、力を込めてつくっているので
乞うご期待ですよ〜。 

 

  

  1. avatar
    kura
    2011年 1月 26日 10:14 | #1

    ファミコンかぁ~。
    自分にとっては「販売」して居た身なんですよねぇ~。
    子供や親達相手に必死に売っていました。
    また趣味の電気の技術を使って修理も店頭でやっていましたよ・・(^^ゞ

    一応買いましたけど・・本格的にゲームにはまって行くのは・・その後の機種でした。