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友にまつわる悲しい記念日。

2015 年 4 月 20 日 プロデューサー コメント

写真昨日は僕が相棒と呼ぶ男が首をつった命日だ。11年前のことだった。ロックバンドに夢を見出した若き日の僕が、もっとも長い時間に渡ってプレイした男だ。僕がボーカルで、ヤツがギターというポジションだからその意味でもまさしく相棒である。コーラスはメインでヤツがかぶせてくるからライブでは絡むシーンが多く、曲作りも一緒に取り組んだりした。プロミュージシャンたちのすばらしいコンビに憧れを抱き真似た。ミックとキース、スティーブンとジョー、清志郎とチャボ、などなどあげていったらきりがない。キーボードがいるバンドだったからフェイセスのロッドとロンもよく参考にしたものだ。音楽にだけはませていた高校生に、フェイセスのルーズな感じはピタッとハマリ、このライブアルバムは何度も何度も聴き込んだ。

つらくない死なんかない。でも自殺で逝かれてしまったのは、そこに悔しさが大きく加わる。なぜなんだとの気持ちが今もずっと変わらず、こびりついたままだ。ヤツにとっては死を選ぶほどの苦しみの中にいたのだろうと自分に言い聞かせるが、まぎれることなく悔しさはむしろ大きくなっていくばかりだ。

50歳代の自殺者は多い。僕も50歳を直前にして、そのデータに深く頷いてしまう。キツイ場面は増えるばかりで、仕事も家庭もすべて順調なんてヤツはいないだろう。死んじまいたいくらいのつらいことは、これまでひとつやふたつどころじゃない。でもそんなつらさをやっつけた先には、必ず気持ちいい自分がいる。やっつけられないこともあるが、それはそれで上手に付き合っていくしかない。なにより、ヤツに残された自分の悔しさを考えたら、自殺なんて迷惑な選択は絶対にない。苦しくてもカッコ悪くてもぶざまでも、生にしがみついてやろうじゃないか。僕ら昭和40年男のおかげで、50代の自殺者が減ったデータへと塗り替えてやろう。

ヤツのグラスをテーブルに置いてたくさん呑んだ。ヤツと一緒に愛した音楽を聴きまくった。返事のないヤツへの問いを繰り返し、涙をたくさん流した。11回目の命日もまた、悔しさばかりが増した。

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    B太(中)
    2015年 4月 20日 14:13 | #1

    自分も直属の上司が自ら命を絶つという経験をした。
    残された者の悔しさ、結果的に無関心で無力だった自分への罪悪感。
    同僚と二人、小さな会議室に篭り心の底から涙した。
    以来、自分で自分を殺すことだけは絶対にしないと誓い、様々な苦しみにも耐え抜いた。
    あれから16年。。いま振り返れば、心が弱い自分へ強さを与えてくれたのかもしれない。
    そうとでも思わないと、あまりにも無駄な死になってしまう。
    そういう悔しさがずっとずっと残っているし、5月が近づく度に心に冷たい風が吹く。
    自殺は絶対にしちゃダメだ!

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    オオサカ☆ヤザワ
    2015年 4月 20日 18:49 | #2

    いつ死ぬ? 誰だっていつか死ぬ!
    そんなこたぁ、産まれた時から分かってることだし、せっかくだから明日もあさっても生きようや。
    昭和40年男達よ! SHOGUN【男達のメロディー】の歌詞をいつも胸に刻んで、いい意味での“ヒラキナオリ”で、50代をますます楽しもうぜ!

  3. B太さん、ありがとうございます。
    まったく同じです。自分への罪悪感にどれだけ苦しんできたことか。
    強く生きましょう。

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  4. オオサカ☆ヤザワさん、ありがとうございます。
    “ヒラキナオリ”で突っ走りましょう。

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