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62歳の挑戦に歓喜する49歳!!

2015 年 4 月 16 日 プロデューサー コメント

僕には親父さんと呼ぶ料理人が4人いる。その中の1人は、大阪で50年つけ場に立ち続けてきたが、残念ながら一昨年の1月に店をたたんだ。赤坂と浜松町に1人ずついる現役は、寿司を握り続ける60歳を過ぎて元気モリモリの方たち。大事なお客さんとの打ち上げや、仲間と腹の底から笑いあいたいときに使わせてもらっている。そしてもう1人が今日の話の主人公だ。僕にとって初めて親父さんと呼んだ料理人で、4人の中でもっとも長い付き合いだった。だが残念なことに、大阪の親父さんが店をたたむ数ヵ月前に59歳にして店をたたみ、勤めの料理人となった。1年後には新しいこじんまりとした店を出すと言っていたが、その便りは届かないまま月日が流れていた。

便りが、この春届いた1枚のハガキがこれだ。新宿にオープンさせるとのことで、以前の赤坂より会社からは少々遠くなってしまったのが残念だが、自宅とは近くなったから良しとしよう。オープンの日には花を贈り、早く再会したい気持ちでいっぱいながら、この時期は仕事が年間でピークの忙しさだ。なかなか行く時間を作れずに悶々としていた。仕方ないやと近くに仕事があったときにランチタイム中の店に顔を出した。満面の笑みで迎え入れてくれ、やる気に満ちていた親父さんだった。

じつはこの開店にはラッキーな部分もある。この場所は親父さんの義妹夫婦が25年にわたって蕎麦屋を営んできたとのこと。今回は改装にあわせる格好で、かつて親父さんが営んでいた赤坂の名店『五番館』の名称を復活させ、元々の蕎麦屋の屋号『くろ田』と一緒に名乗ることになったそうだ。親父さんの和食に締めの蕎麦が加わったことになり、蕎麦も大好きな僕にとっては魅力がグーンと増したことになる。

ランチだったから親父さんの和の世界はグッと我慢して、25年間打ち続けてきた蕎麦をいただいた。丁寧な仕事に好感を持ち、夜への期待が増々あがったのだった。そしてせっかく初めて訪ねたのだからと「今日はキープするだけと」麦焼酎を入れて店を出たのだった。

親父さんは巳年でちょうどひと回り上だから、今年62歳である。その挑戦は今後の人生の参考にさせていただきたく、仕事が一段落したらゆっくりと話しにいきたい。きっとたくさんのことを学ぶことができるだろう。親父さん、お世話になりまっせ。

 

 

  

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