ホーム > プロデューサーのつぶやき > 『昭和40年男』的10大ニュース〜第4位〜

『昭和40年男』的10大ニュース〜第4位〜

2010 年 12 月 25 日 プロデューサー コメント

暮れということで、今年の10大ニュースで〜す。
あくまで僕個人が、今年一年間の本誌編集作業を通じて出会った事件(?)を不定期に連載しているぞ。
それでは、第4位。ドゥルドゥルドゥル〜、じゃん。
「鎌田学さん、永眠」

 

書くべきかどうか悩んだが、やはりこれは大きな事件であったから…。
また、本誌読者ミーティングである“宴”の、記念すべき第1回に
参加してくれた仲間でもあるからね。
事故が起きたのは3月12日のことだった。
僕がそのことを知ったのは2日を経た14日のことで、
ミーティングの仕事のまっ最中だった。会う約束を取り付けようと
11日に、メールで数本のやり取りをしていたのだが12日に返事が来なくなった。
おかしいなと思っていたら、14日の昼間に学ちゃんから電話が鳴ったのだ。
「どもども」と出ると、奥さんからで「?」と一瞬戸惑ったが、
聞くと事故で意識不明とのことだった。あまり突っ込んだことを聞くのは
申し訳なかったのでお大事にしてくださいと電話を切り、こうしたときに
ものすごく頼りになるレーサーたちの情報通であるホンダの友人に電話を入れた。
 「学ちゃんのことだよね」
 「そう」
筑波サーキットでテスト中に転倒し、直後は心肺停止状態に陥り
意識不明との残念な報告を聞いたのだった。頭を強く打っているとのことで、
脳の腫れがひどく、治療も検査もほどこせない状態らしいと。
鎌田学さんはホンダのライダーとして鈴鹿8耐の優勝などの輝かしい成績を残し、
開発ライダーとしても能力を発揮した後、近年は二輪の普及に力点を置き活躍していた男だ。
僕が会長をつとめる“Love the Earth”をきっかけに仲良くなり、
朝まで呑みながら笑い、歌い、そして業界の未来を真剣に話し合った。
互いに大酒飲みでいつも朝を迎えてしまい、翌日は散々な目にあいながらも
互いに仕事をこなすという、タフな友だった。
だから絶対に元気になると信じていた。

 

近々会おうと調整をしていた矢先だ。また、同月の26日には
ウチの会社が主催するパーティに参加予定だった。
僕は迷惑とは知りながらもその前日になる25日に見舞いにいった。
集中治療室にいる彼の手を握った。あったかかった。
 「学ちゃん、明日呑む約束だったじゃん。起きてよ」
静かに眠っている学ちゃんがこのまま起きないなんてことはない。
そう確信して病院を後にしたのだった。

 

そしてなんという、偶然で片付けるにはあまりにも皮肉な話である。
九州でイベントの仕事があり、僕は去年の5月に亡くなったという友人に
線香をあげにいった(死について考える/4月14日より)。
そのことを考えながら遠い九州の地で呑んでいるところに、
学ちゃんと仲良くしていた会社の人間から電話が入った。
泣きながらかかってきたその声で、電話の意味はすぐにわかった。
友の死を悼み向かった地で聞く訃報は、僕をメタメタに痛みつけたのだった。

 

喜びばかりでない。45歳の人生ですから、つらいことだってたくさんあった1年ですよ。
その中で、この本にまつわる今年の事件としては、あまりにも大きく刻まれる。
ヤツが年下であるということも、悔しすぎる。
“宴”で照れくさそうに歌ってくれた『銀河鉄道999』が、今も瞳に焼き付いているんだ。
悲しい第4位でした。

  1. コメントを募集しています。