親の死。(2)

2010 年 11 月 24 日 プロデューサー コメント

先日の浅草秘密基地で話題に上り、いずれ近いうち特集を組もうとなったため親の死について綴っている。
タメ年たちにとっては、これから迎える人の方が多いかな?

 

昨日の続きである。僕は緊急オペを終えたばかりのところに駆けつけた。
親父がどんな状況なのかの説明を待っている状態だという。
この時間が長いこと長いこと。お袋に何度も「大丈夫」だと繰り返していた。
やがて先生に呼ばれ状況を説明してもらった。
なんでも静脈瘤が破裂してそこから大量の出血となり、そのショックで一時心肺停止となったとのこと。
救急車内で約4分ほど停止していたそうで、助かっても植物状態に陥る可能性が高い。
血管の破裂はふさいだものの、予断をゆるさない状況だとの説明ではあった。
だがとにかく一命を取り留めたということで、僕は強い希望を持った。
昔家族みんなで見た“脳死を超えて”という植物状態から立ち直っていくという内容のドラマを思い出し、
生きてさえいればきっと大丈夫と信じた。そして面会となった。

 

たくさんの管が親父につながった、それはそれは衝撃的な姿で
さっきまでの希望がガラガラと崩れ落ちていった。
声には出さなかったが、これはすでに死んでいる。
機械に動かされているだけで、生きていないと思った。
輸血用のパックから血液が親父へと注がれていて、そのままベッド下のパックで血を受け止めている。
上から入れて下へと流れ出ているのだ。
希望が悲しみへと一瞬にして変わってしまった面会だった。

 

部屋を移すからと、またしばし待たされることになった。
もう深夜となっていた。ここに駆けつけてくれた叔父叔母が泊まりに来るかもしれないからと思い、
だとしたら吐血したままの部屋が気になり、女房を伴って拭き掃除に行った。
静かな家で2人、拭っている血の上にポタポタと涙がこぼれた。
それほどの時間は経過していなかったところに、けたたましく電話が鳴った。
瞬間的にその意味はわかっていた。取るとやはりお袋で、逝ったと告げられた。
病院に戻ると弟が泣きじゃくっていて、肩を抱き寄せてやった。
遺体をキレイにしてくれているとのことで、待合室に一塊で親類たちが寄り添っていた。

 

あまりにもあっけなく、あまりにも突然に永遠の別れになってしまった。
霊安室に移った親父の前には線香がたかれていた。
すべてのシーンが自分のこととは思えず、なんだかテレビドラマでも見ているように過ぎていく。
執刀してくれた医師が看護婦を伴って線香を上げにきてくれた。
ひげを蓄えてたくましい腕をシャツからのぞかせていて、
僕は「ああこの先生でダメだったのなら仕方ない」と思った。
「ありがとうございました」と、頭を深く下げた。

 

親類たちは一度家に帰り、霊安室で家族と会話なくただそこにいた。
線香が途絶えそうになると火をつけて、静かに過ごしていたところに申し訳なさそうに警察官が2人入ってきた。
入院してから死にいたるまでの時間が短いためとのことで、検死するという。
僕たち家族は霊安室から出され、部屋には警察官2名と親父だけになった。
なんだかガサガサと音がして、カメラのシャッターを切る音が聞こえた。
ひんむいて写真を撮っているのだろうと思うと、ものすごくむかついた。
早いとこ家に帰してあげたい。
だが、ここから動けるのは手続きとか支払いとか諸々済ませてからになるから、朝の9時以降とのことだった。
僕は親父を家族に託して、始発電車に乗って会社へ戻り、しばらくの間休む段取りをつけたのだった。
1人の事務所で仕事をしていると泉が湧くかのように涙が流れていた。
それでも仕事をこなしているという行為が余計に悲しみを増幅させるようだった。

 

なんとか段取りをつけ、9時過ぎに病院に戻ると多くのマスコミが病院を取り囲んで騒然となっていた。
国松警察庁長官が何者かに撃たれ、ここの救命センターに運ばれたことを知ったが
そのときの僕にはまったく遠い話でしかなく、マスコミにむしゃくしゃさせられた事件でしかなかった。
「そっちの騒ぎはそっちでやってくれよ、こっちは父親に死なれたんだぞ」ってね。
やっと家に帰れるとなると、どうした段取りでそうなったか記憶にないが葬儀屋さんが決まっていた。
彼の指示のもと、親父はやっと帰宅した。

 

さあ、ここから葬式へとまっしぐらだよ。
続くぞー。

  1. avatar
    ざ・モッチュのリーダーかつやま
    2010年 11月 24日 21:50 | #1

    編集長殿

    ご無沙汰してます。
    勝山です。先日の「宴」参加出来ず残念でした。

    「親の死」小生も昨年4月に実父を亡くしたばかりで編集長や同じ境遇の方々の気持ちが痛いほどわかります。
    是非お話したい気持ちはありますが、本業の(ざ・モッチュの活動は副業)銀行員の仕事がまさに繁忙期突入して
    おり、なかなか参加出来ずの状態。
    取り敢えずコメント送信しなくてはと思い返信した由。
    次回お会い出来るときにはゆっくりお話しませんか?

    ではまた。