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龍馬さんの命日。

2010 年 11 月 16 日 プロデューサー コメント

昨日は坂本龍馬の命日だった。
浅草秘密基地から帰宅した午前3時近く、焼酎を少しだけグラスに注ぎ
龍馬さんと盃を交わした気分を味わった。
まっ、結局自分の中にいる龍馬さんと対峙しているわけで
それは自分の成長に合わせて変わっていくのだから
龍馬さん本人には迷惑な話である。

 

亡くなったのは33歳だった。
自分が33歳を迎えた夜には、北海道のキャンプ場でやはり龍馬さんと呑んでいた。
ゆるゆると昇る炎を眺めながら「やるぜよ」と燃えていたな。
あれから12年以上が過ぎているのだ。
偉大で世の中に必要とされた人間よりもずいぶん長らく生き伸びてきたことになる。
「もっと噛みしめろよ、なあ俺」
誰が斬ったのか? 今だ論争はたえないが、敵意を持った者が確実に存在していて、
それはそっちサイドからは殺すに値するほどだったいうことと、
どうやら多数存在していたということは事実だろう。
男が己を信じて前に進めば、必ず軋轢や誤解、衝突は生まれてしまうものである。
斬られるほどではないにしろ、敵意を持つ人間が多く存在するというのは
実は大きな勲章だったりするのだな…、から対話が始まった。
男が頑張るエネルギーの源泉は、日本に対する愛なんだと
龍馬さん(くどいが自分の中のね)が言う。以下続く。

 

「現代に至ってもそれはきれいごとでなく、ほとんどの男たちのじつは根幹であろうが。
だからみんな、まず家族のために一生懸命に働け。
それによってこの国が豊かになることに繋がっていくんじゃ。
それは平和な日本だからぜよ。
ところがだ、お前たちの少し前の世代からだんだんとダメになっている。
家族のために頑張って働くことより、家族とともに笑い合うことに
少しずつふっていっただろ。
そろそろ社会の中間管理職者として責任をまっとうせねばならんぜよ。
かのメリケン国の影響じゃろうが、そもそも資源もなけりゃ肉食でない日本人が
真似したところで同じようにいくわけがないぜよ。
技術やデジタルによって仕事の質はめざましく向上したのだから、
本来であればかつての日本人よりもものスゲエものを
ガンガン生みだしていいはずじゃろうが。
そんな単純な発想じゃないだと?
はん、わしゃのう、単純な発想だけで動いて世の中ひっくり返したぜよ」
(言葉がグチャグチャなのはネイティブでないので、土佐の皆様申し訳ありません)

 

そんな説教を昨夜の龍馬さんはしていたよ。
家族すっ飛ばして日本のために働き、それによって殺されてしまったのだから
理不尽な話である。まだまだ働きたかっただろう、さぞ無念だったろう。
「やるぜよ」
ムチを入れ直した命日の夜だった。

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