同業先輩。

2010 年 11 月 3 日 プロデューサー コメント

先週末のこと、雑誌にまつわる数ある伝説のひとつを築いた先輩とご一緒させてもらった。
デジタルのこと、今後の業界のこと、広告や出版のあり方、表現とは? などなど
俯瞰でつかみながらもお互い現場にしがみついているもの同士ゆえ、核心に迫った議論になった。
ナッツとソーセージで焼酎を呑み続けた5時間は、あっという間に過ぎてしまったよ。

 

彼は以前「北村さんてさあ、校了前日でも台割変更するでしょ」と鋭く見破った方である。
台割りとはここでもよく書いているが、雑誌をつくるうえでの設計図である。
校了とは、楽しいものづくりの時間を奪われる瞬間だと思っていただければいい。
雑誌づくりのすべてが終わりに近づていく中で
手を加えちゃうというこだわりといえばかっこ良いが、現場では大変な迷惑になる。
最近の編集長はそんなことやらないと彼はぼやくのだ。
やらないのか? それとも、やれないのか?
1つには周囲の猛反発を想像しながら
「まっ、いいか。大して変わらないし」と逃げてしまうパターンが考えられる。
もっとひどいのは、真剣に原稿に目を通していない場合だろうな。
各企画に目を通していったときに、計画段階と内容が違っていたり
色が違っていたりということを感じることがある。
それをちょこっと編み直すことで
ものすごく劇的に、スムースに、ドラスティックに(えーい、うるさい)変化を見せることがあるのじゃ。
それを感じないのかもしれないなあ。
「台割りどおりに進めることが仕事だと思っているんじゃないかなぁ」と彼はぼやく。
よくある話で「近ごろの若者は〜」的なぼやきだと思ってもらってもいいですがね。

 

言いたいことはそんなぼやきじゃない。
“台割変更”をやることを見破ったことと、伝説を築いた大先輩ということに戻そう。
この日は『昭和40年男』の成功祝いということで開いてくれた席だ。
成功祝い? まだまだ僕が描いている野望にはほど遠いし、広告だって入っちゃいないのにだ。
彼には創刊号から必ず手渡している。
熱心に目を通してくれて、そしてこれはすごい本だからきっと成功するという前提での
お祝いという、なんだか呑む口実ともとらえられなくない話である。
だが、尊敬する先輩にそうして言ってもらえるのは話半分だとしてもうれしいものだ。
 「最近はマネジメントばかりでさあ。わかったんだよ、本がつくりたいって」
 「やりましょうよ。先輩でありますが、ライバルだとも思っているので。あと1つ2つは立ち上げられるんじゃないですか」
彼は50歳を過ぎている。果たして自分がその年齢になったときに
あの苦しい現場をやるパワーがあるのかどうか、想像がつかないものの
目の前で鋭い意見を次々と発する彼は紛れもなく秀逸なクリエイターであるから、
このままマネジメントなんてものに終始してしまうことはもったいない。
 「やるときはなんらか手伝いますよ。声をかけてください」
 「ありがとう」

 

僕のやり方を理解してくれる数少ない同業者であり、すごく似た手法を取る感性も近い男である。
この夜はもちろん愚痴だけには終わらず、希望に満ちあふれていたのだ。
雑誌づくりが大好きな大っきい子供が2人、真剣に夢を語っていた。
「井上雄彦さんに表紙を書いてもらいたい」という彼の野望に
「村上春樹さんに原稿を書いてもらいたい」とかぶせると
「じゃあ2人に登場してもらう雑誌を、僕ら2人でつくろう」
と、馬鹿な2人は新橋の街をゆらりと家路についたのだった。

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