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昭和40年男に最近増えた送別会。

2014 年 6 月 27 日 プロデューサー コメント

井内さん昨日は〆切作業から抜け出して、取引先のホンダモーターサイクルジャパンの社長の送別会に出かけた。ホンダのバイクの国内販売を取り仕切る会社で、日本でもっともたくさんのバイクを売ってるところのトップということになる。定年とのことだが、ご覧のとおりまだ若々しくお元気そのもので、もったいないことだ。

94年からバイク関連の仕事が本格化した我が社だから、まだ20代の若造がメーカーの広報や宣伝部署の決裁権を持っている方に突っ込んでいった。ほとんどが10〜20歳上である。他の会社の担当者より僕は若くて、かわいがってくださった方が多く、部署を変わっても付き合いが続いている兄貴分が多い。そうした方々が定年を迎え始めたのが5年ほど前からだ。年々増える一方で、送別の品に迷うことがグーンと増えてきて、送別会にも頻繁に顔を出している。

昨日の送別会の主役は、ここ近年親密になった僕にとっては珍しいパターンの兄貴分だ。彼は長期的な国内市場の活性化を叫び、それこそが責務だとの気持ちが強かったように思う。販売会社のトップというより、業界を背負った立場を強く打ち出していらっしゃった。

 

 

そんな折、いい話が突然舞い込んだ。アベノミクスによる経済成長戦略の中で、バイク市場が対策されることになったのだ。侃々諤々の末、経済産業省によってぶち上げられたのは、現在40数%の世界シェアを50%にすることと、40万台と少しの国内販売を100万台にすることで、ともに2020年の達成を目指すそうだ。これはありがたいことで、日の丸の応援を受けて自分のいる市場が活性化を目指せることになったのだ。

だが100万台は夢のまた夢だと思う。20年程度の業界キャリアでなにがわかるのかと先輩方に叱られそうだが、無理なものは無理だ。ただ、たった1つの規制緩和でこの目標はグーンと現実味を帯びてくる。しかもそれは世界のスタンダードになっていて、現行法は完全に立ち後れたガラパゴス状態の規制となっているのである。それが原付問題だ。

 

 

我が国では、50cc未満と125cc未満の2種類の原付免許が存在しているが、グローバルスタンダードは125cc以下で統一である。50ccは日本にしかない排気量で、国内メーカーは採算性の悪い事業を法によって強いられている状態だ。世界標準に合わせることで、現在の50ccに取って代わって、125ccは大きなマーケットになるから値段がこなれるだろうし、なにより世界の主戦場だから魅力的なモデルが豊富だ。ユーザーにはありがたいごとづくめなのである。デリバリーに多く利用されている現在の50ccは、30km/hの速度制限や二段階右折、積載量などひどい規制がかかってるのも問題で、おそらく個別に調べていけば新聞配達などは成立しなくなるだろう。これを125ccとすることで安全になるばかりか、今後高齢化社会でますます必要とされていくであろうデリバリービジネスも加速するはずだから、2次的な経済効果も期待できそうだ。

 

 

このことは僕が常々強く主張するところで、経産省サイドにもハッキリと申し上げたが、免許は管轄外と伝家の宝刀を持ちだされ、縦割り行政を目の当たりにしたのだった。しかし、ここで引き下がっては昭和40年男が廃ると、ウチの会社が出しているバイク雑誌で取材を申し込み、対談形式でこの問題をなんとかしてほしいと申し上げたところ「コミットしなければならないだろう」との返答がもらえた。よーし、もっともっと攻め込むべきだと、日本でもっともたくさんのバイクを売っている会社のトップ、つまり昨日の主役と経産省の対談取材を実現させたのだ。ガンガンと斬り込んでいく社長によって、前回取材よりも強くこの件を理解いただき、また取り組むべきとの宣言を活字化できた。

 

 

目上の方に恐縮だが、彼は同じ目的を強く持った同志だった。一般の方々にはほんの小さな改革かもしれないが、僕らバイク業界で仕事をする人間にとっては大改革となる。一緒になって盛り立ててきて、結果として2020年の目標達成に125ccの免許問題は重要課題であると、吹く風は明らかに変わってきた。こうして共闘してきた大切な同志が引退なさるのはとても悲しいが、しっかりと意志を受け継いで攻撃(!?)の手を緩めない。基礎工事はできたと思っている。新社長と共に、気炎を上げていきたい。

 

 

  1. avatar
    平成乃昭和
    2014年 6月 28日 00:23 | #1

    同感!
    最初からそーして欲しかったなぁ。

  2. ありがとうございます。ただ、ヨーロッパも規制緩和によって125ccに引き上げられたそうですから、日本も習えばいいのだともう長い年月訴えているんですよ。やっとその光明が見えてきました。

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    プロデューサー