稲垣潤一さんと山本達彦さんにインタビュー!!

稲垣潤一今日は都内某所にて、稲垣潤一さんと山本達彦さんのインタビューが実現した。残念ながら別件があり、山本達彦さんの取材には行けなかったのだが、せっかくなので稲垣さんの取材について報告しよう。

稲垣さんは82年の1月にデビューし、つい先日もこのアルバムをリリースしたばかりだ。2008年にシリーズの第1作がリリースされた『男と女』シリーズで、第4作目となった。昭和40年男にとってはフィット感がある内容のデュエットカバーアルバムで、稲垣さんらしい選曲がされている。個人的にそそられたのは、大好きな山下久美子さんと一緒にやっている『ロックンロール・ウィドウ』と、EPOさんとの『セプテンバー』だ。この他にも、『天使のウィンク』『唇よ、熱く君を語れ』『ノーサイド』などなど、まるで昭和40年男が狙い撃ちされているみたいだ。

さて、昭和40年男にとって稲垣さんとはどんな存在だろう。個人的に強く印象に残っているのは『ドラマティック・レイン』と『夏のクラクション』で、それぞれ高2、高3時のヒットである。とくに『夏のクラクション』は、当時のバイト先の有線放送からガンガン流れていた曲だった。きっと皆さんにとっても、ハイティーンの甘酸っぱい夏を彩ってくれた曲の1つだろう。稲垣さんの歌は、都会のカッチョいシーンが見えてくるのが特徴と言えばいいだろうか。高校生の僕らにとっては、背伸びしながら見た近未来の憧れだった。

これらからは少し時を経てビッグヒットとなった『クリスマスキャロルの頃には』では、やっと歌の世界に僕らの年齢が追いついた。93年のヒットだから28歳だもの。なんともいえない空気感が漂う男と女の世界に、自分なりの絵を描いたことだろう。

ドラムを叩きながら、また、スーツを着て歌う姿はハッキリと記憶している。とくにドラムを叩きながら歌うのは、当時だと『ホテル・カリフォルニア』を歌うイーグルスのドン・ヘンリーと『メリー・ジェーン』を熱唱するつのだひろさんくらいしか知らなかった(!?)。そこに突如、ポップスを引っさげて出てきたのはものすごく新鮮だった。後にCCBが出てきたときは、絶対に稲垣さんの影響だろうと確信したのも記憶にある。

次号の大切なネタなんで、内容についてはあまり多くは語れないが、期待を持っていただきたい面白い話だった。1つだけさらりとふれると、名曲『夏のクラクション』は約1週間に渡り何度も何度も歌い込んだそうだ。「100テイクくらいですか」と聞くと「それどころじゃないですよ」と返ってきた。なぜそこまで歌い込んだのか? その答えは、2014年の1月11日を待ってほしい。って、ずいぶん先の話で恐縮だが。

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