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昭和62年男女の前で歌った、昭和40年男の『スタンド・バイ・ミー』。

2013 年 10 月 21 日 プロデューサー コメント

IMG_1531昨日は楽しい結婚式だった。東京港区の一等地、白金にあるその名も『白金俱楽部』なるおしゃれな会場で、社のスタッフが人前式と披露宴を行なった。品のいいレストランといった佇まいで、1日に何組もこなす式場やホテルと違って、1つの式を丁寧に行なうといったスタイルだ。以前にもこうした結婚屋敷(!?)に招待いただいたことがあるが、あたたかい雰囲気がなんとも気持いい。

 

 

まず始まったのが人前式だから、あやしい日本語を駆使する神父様はいない。ノリのいい司会者によって、来場者は新しい夫婦の誕生を心から祝う。写真は、新郎が入場して一礼した瞬間から涙ぐんで、ずっと泣きっぱなしだった僕を激写しようとしたもの。なんとか逃れたぜ。

続いての披露宴での僕の役どころは主賓だった。そう、ど頭の挨拶担当である。ホントに、披露宴の挨拶ってヤツは何度やっても慣れずに、何日も前からずっとこの日の挨拶が頭のどっかにこびり付いているような、重い気分が続いていた。式に出るのは大好きだ。まだ会社を設立したばかりのことだが、ブライダル事業に取り組みたいと思ったほど、あの幸せに満ち満ちた感じはたまらなく好きなのだ。だが、挨拶は別。もちろん頼まれたからには必ず引き受けることにしているが、親族の方々の前に立つあの緊張ったらない。まあおそらく、結婚式のスピーチを余裕綽々でこなす人はごく少数だろうが。

毎度原稿をしっかりと作り込むが、これを暗記することはしない。何度も声を出して読み返すものの、覚えるというより流れをスムースにするための練習として繰り返す。本番で、原稿に書かれた内容が忠実に再現されたことはまずない。8割程度再現できればしめたもので、抜けてしまうことも多々あるのをあまり気にしないで、ノリを重視してのぞむ。逆にアドリブを入れたりできたときは絶好調のときだ。と、こう書くとまるでなれているかのようだが、そんなことはない。いつもガチガチながらもというレベルである。

披露宴会場の席に着く。仲人は立っていないから、かなり早い段階でのスピーチとなるだろうとドキドキしながら過ごす。やがて新郎新婦が入場して着席するといきなり新郎よりの短い挨拶となった。これがバシッと決まり僕の緊張は一気に高まった。ここで司会者から2人の紹介だろうと思っていたら、それを後に回して来賓よりと来たもんだ。ありゃりゃ、心の準備がまだなんて言うわけにもいかず、マイクへと進んだのだった。やはり原稿再現率は7〜8割程度だったが、アドリブも結構入れられ、僕にしてはうまくいった方だと思う。そしてこれが終わったときの開放感たらない。この後、乾杯の挨拶を控えて緊張に震えている会社スタッフには悪いが、僕はもうお役御免だ。

とはいえ、この日は歌も依頼されていた。これがどうやらトリになっているようで、いいのかよというほどのジャック状態だが、ご用命とあればやるしかない。オリジナルを1曲書き下ろそうかと思ったが、そんなの贈られたら重すぎるという女房の意見に従い、ここはカバーで熱いラブソングにしようと『スタンド・バイ・ミー』にした。26歳の奥さんとその友人たちにはちょっとクラシックすぎたかもしれないが、普遍的な名曲はなんとか受け入れてもらえたようだ。こっちはスピーチとは180度逆で、ほとんど緊張しない。厳密にいえば適度な緊張感を楽しんでいて「ぶちかますぜー」といった気分なのだ。披露宴には似つかわしくないほどのばか騒ぎを演じて、少なくとも新郎には喜んでもらえたようだ。

 

 

それと昭和62年生まれの若い方々に聴いてもらえたのはうれしかった。48歳という年齢を強く感じながらも、素晴らしい若者たちの声援に熱いものがこみ上げてきた。それにしてもよくよく考えれば、みなさんは僕の息子と同じ年(うちのは早生まれなんで学年は一個上)の生まれである。ということは、僕もそろそろカワイイ娘を迎える日が近いのか。その日を夢見ながら、そして緊張からの解放と120%でぶちかました演奏の爽やかな疲れを感じながら、家路についたのだった。

 

 

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