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昭和40年男にとっての『ハジメテのドッキドキ』は?

2013 年 4 月 21 日 プロデューサー コメント

大阪ミナミ秘密基地3

 

6月1日にCROSS BEAT Hommachで行なわれる『大阪ミナミ秘密基地』のフライヤーが完成したぞ。いいんじゃないの。このスペースの経営者の1人で、『大阪ミナミ秘密基地』のよき理解者である藤井氏が毎回作り込んでくれる。今回のテーマである『ハジメテのドッキドキ』も彼よりの提案であり、年下ながら昭和40年男の心をガッチリとつかむじゃないか。ぜひ皆さん、ふるってご参加くださいな。いつも準備に奔走し、当日の運営に尽力してくれる藤井氏に、そろそろ黒字を献上したい。

『ハジメテのドッキドキ』となると、やっぱり女の子ですかね。でもこれは個人的なネタすぎるし、ちょっと恥ずかしいからここでは内緒にして、もうちょいと広げて昭和40年男らしく考えてみよう。

 

 

まずポッと思いついたのは新幹線に初めて乗った日のことかな。行き先は熱海でこだま号だった。たしか小学1年生の時でスゴく興奮した覚えがある。土曜日の半ドンの授業を終えて家に帰り、食事もそこそこに店(街の電気屋さんだった)を早じまいして、お袋と弟の3人で乗り込んだのだった。親父は前日からの販売店旅行で前日から熱海に入っていて、これに家族が便乗するように出かけたのが初の新幹線経験となったのだ。カッチョいい車両に乗り込んだ興奮たら緊張さえした程だったが、思ったよりも早く感じなかったのも強烈な印象として残っている。

神輿デビューした時もドキドキだった。僕らの街では年に1度の祭があって、土日の昼間が子供祭となり、祭の始まる土曜日はクラス全員がソワソワしているような盛り上がりだった。幼少の頃より山車を引っ張り続け、ある年から神輿に移った。年上ばかりの担ぎ手に混じることは大人への大きな1歩だったのだ。いつものように山車を引くつもりだったが、同級生とチャレンジしようとなり、急いで肩にあてる手ぬぐいを取りに帰った。あの駆け足ったら本当にドキドキした想い出がある。

思えば、ずいぶんたくさんの「ハジメテ」を経て大人になってきたのである。ショットバーだったりギターだったりバイクだったりetc…。仕事は今でも「ハジメテ」の経験をさせてくれる。この『昭和40年男』を創刊させた時の「ドッキドキ」はそれは大きかった。そして今も、新しい1冊が完成して書店に並ぶ日は変わらずの「ドッキドキ」を感じているのだ。

あっ、そうだ。キューティーハニーのハニーフラッシュを初めて見た日は、すべての昭和40年男がドキドキしたんじゃないの?

 

 

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