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キッスファン集まれ〜!! 次号特集に登場だ。

2013 年 3 月 27 日 プロデューサー コメント

キッス 地獄からの脱出5月11日発売号の制作が佳境を迎えている。特集テーマの発表はもう少し時間をいただくことにするが、今回もおもしろいテーマで取り組んでいるぞ。その特集を構成するパーツの1つに、地獄の軍団キッスが入ったのだ。

僕ら昭和40年男にとっては、ベイシティ・ローラーズと並んで洋楽入門バンドだった。まだロックのよさなんてわからない当時、ド派手なメイクとコスチュームで迫ってくるキッスに強い刺激を感じたものだ。ベイシティ・ローラーズには危険な臭いを感じなかったが、キッスからはワルい香りを感じ取り、ロックなるものはこういうものなんだとの出会いになったはずだ。中学時代に『ラブ・ガン』のリズムを机に叩き込む、ちょっとしたブームがあった程知れ渡った存在で、クイーンエアロスミスよりも早くに僕らを虜にした。

70年代の後半に突如として巻き起こったディスコブームは、ロッド・スチュワートローリング・ストーンズでさえその病に冒されたがキッスも例外でなく、ベコベコサウンドの『ラヴィン・ユー・ヘイビー』を大ヒットさせた。昭和54年のことで僕らは中2の頃だ。当時はキッスがディスコ病に冒されたことを考える程ロックミュージックに精通していないから、このヒット曲をあたたかくく迎えたことだろう。昭和52・53年に来日して日本にブームを巻き起こし、人気絶頂期のこのヒットと直前にリリースされた全員のソロアルバムと話題をかっさらっていた。音楽専門誌への登場頻度も多かったが、この後キッスはダメになっていく。『ラヴィン・ユー・ヘイビー』を収録した『地獄からの脱出』は完全なる駄作だった。

70年代の後半から80年代のアタマにかけて、たくさんのロック系ミュージシャンがつぶれていったのは、音楽史における必然ともいえる現象だった。音楽そのものが、年を追うごとにビックビジネスになっていき、様々なブームが生まれた。ディスコブームだけでなく、パンクやAORなど次々と新しい音楽が生まれ、その度にカテゴライズされていくシーンの中で、ロックが色褪せてしまったことが凋落の要因の1つだろう。また肥沃するビジネスの中でのプレッシャーから、ドラッグやアルコールに走った結果だったりもする。キッスはこの時期にピーター・クリスがダメになってしまい、それまで長く続いた不動のメンバーでの活動にピリオドを打った。昭和55年のことだから、まさに中学時代とピッタリとシンクロするような最盛期と凋落を見せたバンドである。ロックシーン全体が異様なうねりを見せていた時代をリアルタイムで感じたのは、やはり昭和40年男は幸せだなと思ってしまう。だがやがて復活するのは、キッスにはそれだけの底力があったからだ。

先日、初代のディレクターである横田氏に話を聞くことができ、興味深い話の数々を聞けた。内容は次号を待っていただくことになるが、日本にキッスを紹介した男の当時の話はやはりおもしろい。「キス」でなく「キッス」にしたのだとのコメントは、深く頷いてしまった。うん、日本におけるバンド名がキスだったら、ずいぶん受け止められ方は違っていただろう。それどころか人気にも響いたのではないだろうか。

キッスファン必見の次号特集になるぞ。乞うご期待だ!!

 

 

                

  1. avatar
    B太
    2013年 3月 27日 23:17 | #1

    いや〜、分かってらっしゃる(^ω^)
    ジーンシモンズ、ポールスタンレーは直ぐに覚えられた。
    だけど、ピータークリスとエイスフレイリーは、中々覚えられなかった。
    ピーターといえば「夜と朝の間に♪」の方のピーターだったし、エイスフレイリーは、ホントはフィレリーなんだよとか、ちょっと横文字(←これすら死後の世界(^ω^)byタモリ倶楽部より)が得意なヤツから言われて面倒臭かった。
    やっぱり、男はカッコいいヤツか、インパクト命な感じのヤツに憧れてしまうんだよなぁ〜(^ω^)