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大編集後記その弐。ダブルカセットの想い出〜屈辱の万引き。

2013 年 3 月 6 日 プロデューサー コメント

ダブルカセット今回の巻頭特集は、様々な10のパーツで構成していて、そのひとつにラジカセを取り上げた。皆さんそれぞれにいろんな想い出があることでしょう。きっとほぼすべての昭和40年男に共通するのが、テレビに近づけてお気に入りの曲を録音しているときに「ご飯よー」の声がかかってしまうこと。そして「もう、録音してんのに」と、なんだか気持ち悪い自分の声までバッチリ収録されていたりする。これが小学生くらいで、やがて接続コードを使うようになり、本格的にエアチェックできる機種にステップアップしたのが中学生かな。あの頃のラジカセの発展たら、次々にとんでもない(中にはろくでもない)技術が盛り込まれて楽しかった。

そんな中でメガトン級のショックを受けたのがダブルカセットだった。生家が電器屋を営んでいて、取り扱いはナショナルとシャープだった。当時、両社ともオーディオ部門はあまり強くなく、せいぜいナショナル(テクニクス)のプレーヤーがよいという評価くらいだった。そこにシャープがダブルカセットを出した時の親父の喜びようったら、自分のことのように自慢していた。「お父さんが言ったとおりだろ。シャープはアイデアの会社なんだ」と。余談ながら電子レンジなるものが10万円台になり、いよいよ一般家庭へと普及が始まろうとしたときにも、夢のような技術だと絶賛していた。新しい技術が盛り込まれた製品が出るたび、本当にうれしそうにしていたのは13歳で終戦を迎えた人生だから、まさに夢の連続だったのだろう。

そしてこのダブルカセットは、小さな店ながら目立つショーケースに堂々と鎮座して客の目を奪っていた。が、ある日。物音に気が付いた親父は店を飛び出していった。数分して戻ってくると、息を切らせて万引きだと言った。我が北村テレビ商会の大スター、ダブルカセットラジカセがその対象だった。聞けば僕くらいの2人組で、チャリンコで逃げていったとのこと。それを聞いた僕は木刀を握り、チャリンコを漕いだ。僕くらいということは隣中学の四中の仕業だと決め込み、そっちの方へと走っていった。まさか、僕の中学の仕業ではないと思うのが普通であり、逃げた方向の四中エリアを丁寧に探したが残念ながら見つからなかった。

とにかくものすごい怒りの僕だった。親父があんなに喜んだダブルカセットを盗みやがって。しかもあまり体力のある方でない親父を走らせやがって。後になって、見つからなくて良かったと思った。剣道の有段者である僕が、木刀持って怒りのままに振り下ろしたらどんなことになっていたか。怖い怖い。当時は基本買い取りだから、仕入れ値がそのまま我が家の損害なのである。暗い雰囲気の家に戻り見つからなかったことを伝えると、木刀を持ち出したことをえらく叱られたのだった。

と、そんな想い出のダブルカセットが堂々と掲載された『昭和40年男vol.18』は、来週月曜日に発売です。

 

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