ホーム > プロデューサーのつぶやき > ビートルズの祭に『昭和40年男』が協力する!?

ビートルズの祭に『昭和40年男』が協力する!?

2013 年 2 月 15 日 プロデューサー コメント

昨日お伝えしたCDに続き、今日はイベントコラボの話じゃ。面会が仕込まれたのは、春を迎えたばかりの2月5日のこと。東京銀座にある某広告代理店を舞台に、3社のワルども(!?)がテーブルに着いた。テーマはビートルズ50周年を記念して、ぴあが主催するイベント『WANNA BE 祭 ~なりきりビートルズヤァ!ヤァ!ヤァ!~』への協力要請だった。このイベントのプロデューサーを務めるちょいと年下の昭和45年男、酒井氏が挨拶もそこそこに「僕の情熱だけです」と、さらりと言ってのけた。こんな担当者に惚れてしまうのは僕の性癖、もとい習性であり「ウチにできることならなんでもやります」と、協力させてもらうことを願い出たのだった。

『昭和40年男』になにができるって? 誌面、その他のウチが持っているコミュニケーションを使って盛り上げるくらいしかないかもしれんが、そこは昨日も書いたとおりコラボからは想像もしなかった“なにか”が生まれることを信じている。そしてステキなのは、ビートルズの初来日が1966年で3年後には50周年を迎えるから、そのときにはこのイベントを育てて武道館でやるという夢を描いているということ。ビジョンとか計画でなく、あくまで夢だ。いいじゃないか。昭和40年男の読者だけで『史上最大の同窓会』との武道館イベントを夢見ている僕と一緒だ。いや、失礼!! 僕のよりも信憑性がはるかに高いじゃないか。さらには、情熱だけで突っ走る男と仕事ができるのは、世の中にケリを入れるエネルギーになる。おっきな風呂敷を広げて語り合ううちに、仕事の推進力にもなる。なにができるかは後の話として、ともかく絡むことが決定したのだった。

ここに何度か書きなぐったことがある、僕は中学1年生の頃から超が付くほどのアンチビートルズだった。というのも、およそ授業の体を成していなかった音楽の授業に、教師がある日キラーコンテンツのごとくビートルズの音が入ったテープデッキを持ってきて鳴らしたのだ。するとなんと、音楽の授業なんか完全無視していたヤツらのほとんどが寝返った。「なんじゃこりゃあ」とジーパン刑事なみの怒りは、姑息な手段を使った音楽教師に向けられるのではなく、その手足となって授業崩壊に歯止めをかけるのに未曾有の活躍をしたビートルズに一直線だったのだ。ちょうど洋楽にハマったばかりで、すばらしいものをキチンと精査する力などなかったことが大きい。とにかくバカヤローだった。

ここに端を発してビートルズ嫌いがしばらく続いたことは、今となればマイナスはあってもプラスはほとんどない。ロックにおいて完璧なスタンダードでありながら最高峰であり、だからこそビートルズをしっかりと噛み砕いているミュージシャンは多い。たとえばタメ年ロッカーの1人、奥田民生さんのビートルズ愛はそのまま彼の音楽の深いところに分厚く層を成している。比べられる存在じゃないが、僕は自然と身に付けられるはずだった10代の前半から中盤までにかけて完全スルーしてしまったのだ。

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドやがて、そんなあまりにもくだらないわだかまりを氷解してくれたのが、アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』であり、本当にバカだったと涙が出たのが楽曲『ロング・アンド・ワインディング・ロード』だった。だがその頃もうハイティーンで、才能のなさも手伝い奥田さんやその他、ビートルズ的なセンスを持つ方々のような、深いところに層は作れなかった。代わりに黒っぽいモノへと走ったこと自体はよかったと思っているが、ビートルズに傾倒しなかったことはやはりもったいなかったと思う。唯一、人生とは後戻りできないことをしっかりと学んだのだ、ハハハ。

 

 

そんなビートルズとの苦い想い出を持つ僕が、こうしてイベントに参加できるのは『昭和40年男』のおかげだ。人生は後戻りはできなくとも、思いもよらない展開はある。騒いでいればこそだ。わずかながらでも絡ませてもらい、ビッグイベントが開催されることは嬉しいったらない。そして、ビートルズ好きの読者さんたちとこの会場で会えたら、これこそ至上の喜びとなるだろう。てなわけで、世界一のビートルズトリビュートバンド、The Fab Fourの演奏で一緒に盛り上がりましょう。詳しくはコチラへ

 

 

 

  1. コメントを募集しています。