ホーム > プロデューサーのつぶやき > 『機動戦士ガンダム』のメカニックデザイナー。

『機動戦士ガンダム』のメカニックデザイナー。

2013 年 2 月 7 日 プロデューサー コメント

前回、多くの読者さんのひんしゅくを買った職権乱用ショットに続き、凝りもせず今回も公開させてもらおう。

 

 

ガンダムメカデザイナー 大河原さん

 

 

偉大なプロフェッショナルとのツーショットは光栄であり、取材同行したプロカメラマンによる撮影というのも加えなんとも贅沢な1枚である(相変わらずのバカ面な僕だが)。連載企画の『ガツンとひと言。兄貴の説教』にガンダムのメカニックデザイナーとして名を馳せる、大河原邦男さんに登場願ったのである。以前にも出ていただいたが、その時は『タツノコプロ50周年企画』だったため、氏の功績から考えると小さな扱いだった。今回は彼の仕事や人生に迫る企画であり、最低でも4ページは組むことになる。お忙しいところを2時間近くの取材にお付き合いいただき、その上こんな写真をお願いする僕も僕だが、快く収まっていただけたのだ。

ガンダムはあまりにも有名な彼の仕事だが、昭和40年男にとってはなじみ深い仕事の数々がある。『科学忍者隊ガッチャマン』のロゴマークや敵キャラ、『ヤッターマン』のメカなんて仕事もしているのだ。前回のタツノコプロ50周年企画で力説していたのは『ヤッターマン』のような遊び心がないとできない仕事をこなしたことは大きいとのことだった。そして、こうしたギャグテイストの仕事ができない人が多いとのこと。それはメカのデザインはできても、“メカニックキャラクター”になっていないからだとのことで、これこそが大河原さんのプロの流儀なのだ。今回は、再度ここに強く斬り込んでいるからお楽しみに。そしてなんといっても前回はタツノコ企画だったからガンダムの話にふれていないが、今回はたっぷりと語ってもらっているからファン必見のページとなること間違いない。

さて、皆さんにとってガンダムとはどんな存在だっただろう? 『昭和40年男』では幾度となく取り上げているが、すべての読者が対象でないとの割り切りでページ構成しているつもりだ。ハマった人とそうでない人との差が、これほどハッキリと別れるコンテンツはそうそうない。『昭和40年男』の特集を企画する際「それほど好きでなかったけど、まあ懐かしいですね」なんてコンテンツが山ほどあるのはありがたいことだ。アイドルもそうで、好みは別れるもののみんなが知っている存在である。だが、ガンダムを知らない人はホントにまるっきり知らなくて、実は僕がその代表である。周囲に何人かいたヘビーユーザーにまったく同意せず過ごしていた。

中2という微妙な年齢のときに放送が始まったことは、これまた視聴者をハッキリとわける。毎週土曜日の夕方だったから、部活に精を出している者には視聴不可で、ヤンキー連中が土曜の夜におとなしくしているはずがない。かなり絞り込まれた昭和40年男たちのみが、リアルタイムでハマったことになる。って、みんな部活野郎とヤンキーじゃなかったが(笑)。当時はアニメってのは小学生のものとの風潮が僅かながら残っていたから、勝手な色眼鏡をかけてスルーしてしまった昭和40年男も多いだろう。僕はロックに夢中でギターばかり弾いていたから、完全スルーだった。

そんな僕で恐縮だが、大河原さんの話はおもしろかった。一流の人ってのは懸命な人なんですな。まったく休まず仕事に突っ走っているとのこと。現在65歳で、そんな仕事ぶりでただひたすらコツコツと積み上げてきたと言う。それが結果的に、日本を代表するメカデザイナーであり、広くデザイン仕事をこなしている毎日に繋がっている。長年在住している恩返しとして、稲城市のイメージキャラクター『稲城なしのすけ』をボランティアで作ったなんてステキな話も聞け、この辺も一流の仕事マンならではだ。

3月23日から始まる展覧会『超・大河原邦男展-レジェンド・オブ・メカデザイン』には出かけてこようと思う。大河原さんの仕事のすべてがわかると本人から聞いてしまったら、取材した人間としてはいかねばならぬ。いや、純粋に行きたくなってしまった。明後日の『大阪ミナミ秘密基地』を成功させればきっと4月も開催となって、そうなれば足を伸ばせる距離だなんて姑息なことを考えていたりする。

 

 

 

  1. コメントを募集しています。