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シーナ&ロケッツの鮎川誠さんインタビュー。

2012 年 12 月 10 日 プロデューサー コメント

シーナ&ザ・ロケッツ

 

なんちゅう幸せな夜だ。生きててよかった。読者の皆様、どうかバカ面で喜んでいるワタクシをお許しください。ずっと愛していたシナロケの鮎川誠さんに、次号『ガツンとひと言 兄貴の説教』に登場いただくことになったのだ。パチパチパチ。

ご自宅近くのスタジオでインタビューと撮影になった。セッティングなどをすませてソワソワしながら待っていると、あのまんまの鮎川さんが現れた。カッチョいい。男臭さをプンプン放っていて、64歳とはまったく信じられない。インタビュー内容は次号をじっくりと読んでいただきたいのであまり詳しくはふれないが「仲間に恵まれた」「大好きな仲間たち」との言葉が何度も出てくる。それはそのまま鮎川さんのお人柄なのだろう。言葉のひとつひとつがあたたかく響いてくる。彼が奏でるエッジが効きビートに満ちたギターとはちょっと違う、九州弁が混じった言葉はじんわりと届けられる。思い出したのは、去年の12月に取材させていただいたチャボさんだ。カッチョいいギタリストの完成形はこういうことなのか(!?)。シオンさんが「チャボさんはロック界一いいひと」とおっしゃっていたが、鮎川さんも同様に感じた。

予定よりはるかに時間を使ってしまい、恐縮しているとスタジオになんとシーナさんが現れた。「ウギャー。そろっちゃったよ」と声には出さず叫んだのだった。鮎川さんとは種類の違ったカッチョよさをまとっていて、圧倒的な存在感はさすがボーカリストだ。だが、そんなオーラと不似合いなほど気さくに話しかけてくれる。そこに甘えた我々は、予定外の次号掲載用のツーショットをお願いすると快く了解いただき、こんなカッチョいい夫婦がこの世にいるのかというカットが撮影できた。乞うご期待。さらに「鮎川さん、雑誌の公式ブログがあるんですけど、一緒に撮ってくださいませんか」と、ファン丸出しのお願いをすると「OK! OK!」と、どうせだったら3人でとなり、シーナさんとの間に入れてもらってこのカットになったのである。

僕にとってシナロケの想い出は…。高校時代からバンドが解散する27歳まで、ずっと一緒に過ごした相棒ギター弾きからすすめられたのがハマったキッカケだった。『真空パック』はリアルタイムでなく、発売から2年ほど経てから聴いたのだった。また、ヤツがバンドでやりたいと言い出してカバーした『ピンナップ・べイビー・ブルース』は、『雨上がりの夜空に』同様、僕にとって日本語で歌うビートの出し方を考えさせられた教材である。今も弾き語りでやりながら再確認したり、つい先日には再発見したりと、なにかと成長させてもらっている。ともかく大好きな1曲である。そんな強い影響を受けたお二人と過ごした時間は、元気をたくさんいただき今日は元気モリモリだ。

バリバリのロックバンドでありながら、『真空パック』ではYMOの面々と一緒につくり込んだ。前述の『ピンナップ・ベイビー・プルース』の作詞は、コピーライターの糸井さんだったりする。最近ちょくちょくと考察させられている、70年代後半から80年代初めに流れていた新しいムーブメントを取り入れていくことに自由なフットワークだった。受け入れてクロスオーバーしていくセンスも、今に続く理屈無しのカッチョよさに続いていて、シナロケの大きな魅力のひとつだ。

ここ近年、シナロケをライブで目撃していなかったことを恥じた。キースとミック、スティーブンとジョー、清志郎とチャボといったロック界に存在する最強コンビのひとつであり、男女でこれほどカッチョいいコンビを僕は知らない。絶え間なく持ち続けたロック魂は、こんなにも人を昇華させるものなのだと、お二人を見てロックがいかにすばらしいものなのかを確信した。重ねた人生はそのまま姿になって現れてくるものだ。悪いヤツは悪い顔になるし、優しい人は優しい顔になる。あたり前のことだが、ロック魂はこうして姿からにじみ出てくる。加えてずっと愛し合うお二人の幸せや優しさもにじみ出ているのを感じて、『ピンナップ・ベイビー・プルース』以来の、再度教えられた夜だった。

 

 

            

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