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死について考える。〜その6 自殺〜

2010 年 4 月 19 日 プロデューサー コメント

45年を迎えようという人生なのだから仕方ないことかもしれないが、
悲しい別れは積み重なっていく。
婆ちゃん、親父、義理のお父さんが逝ったときの悲しみは
それはそれは大きなものだった。

 

が、順序としては合っている。
早いか遅いかの問題であるから、悲しみを飲み込んで手を合わせることができる。
これまで書いてきた、心の友と呼べる者との別れは違ったつらさが残る。
やっちゃんはまだまだ逝く年齢じゃなかったし、
ガクちゃんなんか年下だから、順序だって狂っているわけでもう無念である。
まして自殺となったら飲み込めるはずがなく、ずっと引きずっていくことになる…。

 

今日、4月19日は俺にとってかけがいのない相棒の命日だ。
6年前にヤツは首をつってこの世から去った。

 

以前ここに書いたが、俺はギタリストとヴォーカリストの
二足のわらじを履いていた時期がある。
そこに突然あらわれてギターを諦めさせてくれたのがナオキだ。
高2の秋に俺の誘いに乗りバンドに加入し、
同じ夢を目指してもつれるように生きた。
メンバーチェンジを繰り返しながらも、
27歳のときに念願かなってデビューへの準備が始まった。
東京の溜池にあった当時の東芝EMIの本社スタジオでレコーディングに入ったのだ。
ナオキと現在もプロミュージシャンとして活躍する野田浩平の3人の正メンバーに
ゲストミュージシャンを2人加えての構成だった。
夢の実現がもうすぐそこにまで来ていた。

 

メンバー全員が入れるくらい広いヴォーカルブースから、
ガラス越しに4人のメンバーが見える。
そこには元気にギターを弾くナオキもいた。
ヘッドフォンから馴染みの演奏をもらい、歌い込んだ。
俺の調子が悪く、メンバーに迷惑をかけたものの
とにかく一歩を踏み出した日だった。
ヤツもずっとギターで食うことを夢見ていたし
それがいよいよ実現するということにおおいに喜んでいたのだが、
このレコーディングリハーサルが中学から続いたバンドの、最後の演奏になってしまった。

 

なにがあったのかさっぱりわからないが、ナオキは俺たちの前に姿を現さなくなった。
ヤツの行動に対して理解ができないまま、俺たちのバンドは解散した。
その後少しの時を経て、ひきこもっているという噂を聞き
励ましにいくかっこうでの再会になった。
あまり無理に励ますことなく、なにもなかったかのように酒を酌み交わした。
それからは幾度となく訪ね、たわいもない話で酒を酌み交わし、
音楽については触れないようにしていた。
やがて一度だけだが「あのとき、なんでだ?」と聞いた。
「いつか話すよ」との返事だけで
その答えは結果的には永久に封印されてしまったのだ。

 

AEROSMITH(邦題・野獣生誕)/AEROSMITH

AEROSMITH(邦題・野獣生誕)/AEROSMITH

BORN TO RUN/BRUCE SPRINGSTEEN

BORN TO RUN/BRUCE SPRINGSTEEN

Live Coast to Coast/ROD STEWART & FACES

Live Coast to Coast/ROD STEWART & FACES


俺とヤツが共通で愛したアルバムだ。

  1. avatar
    ぷりんあらもーど
    2010年 4月 20日 20:01 | #1

    第2号のバイクのページに掲載していただいた者です。

    「BORN TO RUN」

    初来日の代々木でライブを聞き、背中に電流が走ったのを覚えています。

  2. いいですねぇ、初来日を見に行ったのですか。何度目の来日かは定かでないのですが、アムネスティのイベントで来たときは見に行きました。メンツがすごくてピーター・ガブリエル、トレイシー・チャップマン、ユッスー・ンドゥールと一緒に見てもうお腹いっぱいでした。日本代表で今回インタビューした宇崎さん率いる竜童組が出ていて、インタビュー後にあのイベントについて聞くと、みんなで演ったボブ・マーリーの“ゲットアップスタンドアップ”のリハで、ブルースが日本語でヤレと力説したらしくて、結局“立ち上がれ”になっちゃったと。ちょっとかっこ悪かったですよねって。確かにあのサビを立ち上がれって“?”だったなあ。

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    プロデューサー