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月曜の通勤電車。

2012 年 10 月 22 日 プロデューサー コメント

週の始まりの通勤電車を眺めてみた。眠り込んでいる方が多いのは、週末を家族サービスに徹した疲れからだろう。携帯をいじっている方と半々を占めていて、紙をのぞき込んでいる者はほとんどいない。雑誌はおろか、かつては人の迷惑顧みず広がっていた新聞が、見える範囲に読んでいる者は1人もいない。巧妙に折り畳んで読む、かつてよく見かけたできる男たちの姿も皆無だ。文庫本を持つ初老男性と、週間文春を広げている僕が超少数派の紙人間である。ここ近年で急速に進んだ電車内の紙離れ具合は、絶滅が近いとさえ感じさせられる。

紙大好き人間の僕でさえも、iPhoneを手に入れてから雑誌の購入点数が減った。アエラと文春は欠かさず買っていたのに、最近アエラが途切れがちである。常時カバンに放り込んである書籍にも、手が回ることが少なくなった。取って代わったのは、優れた発信者たちによるリアルタイムで届く文章の数々で、電車に乗り込みまずはそれらをチェックしてから、紙を広げるという順序になってしまっている。摂取する情報量が増えているのに対して、割ける時間そのものが激務で減っているから、どうしても既存情報が置き去りにされてしまう格好に陥っている。

とはいえ、休日の書店には人があふれている。仕事柄よくチェックする雑誌の売り上げデータによれば、確かに下がり続けてはいるものの、けっこうな部数を誇っているものがまだまだたくさんある。『昭和40年男』だって部数は増え続けているのに、電車の中で広げているすばらしい人物を見たことがない(笑)。ともかく、電車の中で感じる激減よりも、実際の販売の落ち込みカーブは圧倒的にゆるい。いったいどこに行ってしまったのだろう。家でじっくり読むなら紙、移動中ならスマートフォンと棲み分けが進んだのだとポジティブにとらえることにしよう。

こちらサイドは紙ならではの表現に工夫を続けている。とくに『昭和40年男』のような、新しい情報がいらないテーマではまだまだ紙が通用すると考えている。新聞や情報誌の方が先に苦境に立たされながら、それでもスキームの構築に努力している姿から学び取り、『昭和40年男』のビジネスに転化させていきたい。

いつの時代もこうした局面になると、極論で片付けてしまいがちだ。紙は無くなると。いやいや、だったら新聞もラジオも、音楽CDだってとっくに無くなっていたはずだ。細くなりながらも、知恵と工夫を注ぎ込んで踏ん張っているじゃないか。問題は意識を高く持って成熟を目指せばいいのだ。もっといえば僕らはコンテンツを作ることが仕事であり、紙に印刷することが生業ではない。時代の変化の中にさらされているのは、その表現手法の話であって、おもしろいものは未来永劫ビジネスを続けていく。そこが僕らの力点であって、日々悩んでいたいのは紙か電子かでなく、おもしろいかそうでないかだ。

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