ステキな悪巧み。

以前『昭和40年男』の座談会企画に登場いただいた、『ぴあ』に務めるタメ年男の石橋さんが悪巧みネタを持って来社くださった。向こうも出版事業を展開している、ある意味同業者でありながら手を組めるかもしれないのがこの世界のおもしろさだ。そして最近、いくつかのレコード会社と親密につき合っていて、こちらとの悪巧みネタも増えてきた。夕べもあるレーベルの熱き男とさんざん話し込んだ。互いに持っているものを融合させることで生まれてくる、化学反応を作ろうということだ。

現状『昭和40年男』とどこかという双方向での悪巧みだが、前述の2人と僕の3者でやろうとなればもっと夢は広がる。ミュージシャンを抱えるレーベルと、イベントとチケット販売ができる『ぴあ』、そして『昭和40年男』がタッグを組んで東京ドームでイベントをやらかすなんてどうか? 今はまだまだ遠い夢物語かもしれないが、その力を持っている3社だ。ウチ1社だけが無名の中小企業だが、メディアを持っていることは会社の規模を超えた魅力を放つことになるのだと信じ込んでいる。

世の中アイデアなんざいくらでもある。実現させるのことが困難なのだ。古くは薩長連合だって、薩摩と長州という大藩を動かしたのは、結果的には土佐浪人の龍馬さんであり、司馬遼太郎さんにいわせれば誰もが考えていたことだ。あの手この手、押しとネゴシエーションと寝技までも駆使して実現に持っていったから、偉大な功績として語り継がれている。僕らだってやらなければずっとそのままであり、やってしまえばそれが始まりで、仮に実現させられなくともなんらかの実りは得られる。また、様々な障壁によって当初描いたよりスケールダウンするのもあたり前のことで、だったら初動段階でとびきり大きな風呂敷を広げることで、仕上がりサイズが大きくなることはわかりきったこと。なんてバカな話をしているうちに、夕べは最終電車を失ったのだった。痛快なのは『ぴあ』の石橋さんも、まだ会社名は明かせぬが昨日の男しかり、ある程度の力を持っていることで、40歳代とはそういうものだろう。薩長同盟時代で例えれば家老クラスの男たちであり、僕にいたっては極々小藩ながら殿さまだ。互いで悪巧みを進行させるのにストレスが少なく、ガンガンまわせるのが心地よい。

疲れがちの社会の中で、仕事そのものがルーティンに陥っている傾向がいたるところで見える。こなせばいい、終らせればいいと。これではますます景気低迷するのはわかりきっていることで、だったら立ち上げ続けていけばいいのもわかりきったことだ。だがやろうとせず、無理と決めつけている輩ばかりが目立つ。逆に、そんな周囲に辟易としている男たちもたくさんいる。そんな血気盛んなバカどもよ、共に悪巧みしようじゃないか。大変かもしれないが、息しているだけよりよっぽどいい。あきらめるよりよっぽどいい。

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