俺たちの定年。

2012 年 10 月 13 日 プロデューサー コメント

明日は鹿児島県霧島でイベントの仕事だ。少しでもバイクに興味あるタメ年諸君は遊びに来てくれるとうれしい。クルマの駐車場もあるし、入場無料だからどうぞお気軽に!! 僕はステージでしゃべっているからすぐわかるはずだ。来てくれた方は『昭和40年男』読者だと名乗ってください。ハグします(拒絶可能)。

僕自身はまだいくつものイベント仕事を抱えているが、明日の『コーヒーブレイクミーティング』に関しては今年最後となる。大分県に始まり、福島、北海道、岐阜、高知と巡ってきて、今回が編集部からもっとも遠いのではなかろうか。今年で12年を迎えて、これまでの通算で97回を数えた。ずっとしゃべり続けているが、いつか引退しなければならないだろうと、ふと考えたら寂しくなってしまった。努力を怠らずいいしゃべりができるように日々鍛えて、そのときが1年でも先になるようにがんばっていきたい。だが確実にその日は来る。もっと言えば、仕事から離れる日ももう計算できるところに、我々昭和40年男も差し掛かってきたのだと、つい想いが及んでしまった。

65歳まで現役を張れたら、おおむね幸せな人生だろう。雇用延長をお国は推奨して制度にしようともしているが、企業にとっては大迷惑なのが本音であろう。現在僕がおつき合いさせてもらっている企業で、世界にほこるような大企業でさえ、雇用延長は偉大なる功績を残した一部人間に限られている。若者が就職できないのに、おっさんだけは優遇しようなんてムシのいい話を押し付ける前に、景気対策をしっかりやれっての。おっと、話が脱線しそうだ。

僕は昭和40年男あたりの、社会の中間世代ががんばることで、将来を変えていきたいと標榜しているから、僕らはその力で65歳まで働く。そう仮定したとしても、もう18年しかないのだ。2030年で、よくよく考えるともう目の前だね。高卒で一応社会に出て、以来30年近く働いてきた。そう考えると残りは本当にわずかしかない。つきなみだが1日1日を懸命になって仕事しないと、もったいないと言えるほど残りはわずかだ。懸命に働くことで、そのまま自分たちの老後の暮らしに直結する。社会保障も個人の備えも、結局自分たちのケツを持つのは自分たちのがんばりじゃないか。

先日聴いたオーケストラの演奏や、夏に観たスターウォーズコンサートなど、たとえるならチリ1つ落ちていないと感じるほどの完璧なパフォーマンスで、自然と僕は涙した。その感動は、純粋にすばらしいからであることはもちろん、懸命に練り上げた努力や人間臭さが見えたのも大きい。きっと本人たちにとっては、反省点やミス、実力不足を感じることはあったことだろう。だが、完璧を目指す姿勢がビシビシとあふれ出ていて、そのままパワーになって観ている側に伝わってくる。重箱のスミに、つつきようがないのだ。いつも発行後になると穴があったら入りたいと思ってしまうこの僕の甘さと、そろそろ本気で決別しなければならないと突きつけられた気がした。47歳にして遅すぎる気はするが、まだ間に合う。

日本だってそう、きっとまだ間に合う。

  1. 2014年 1月 19日 16:05 | #1

    昭和40年世代のオッサンとしてしぶとく生き残る術を家族の為にも役立てるような、例えばオヤジの小遣いで出来る範囲の予算で太陽光発電で車用バッテリーを使い非常用に使える方法とか、小さな太陽光パネルと充電池で非常用電源として電池切れを無くす方法やサバイバル術など、役に立つ事は色々ありますし、なおかつ40年世代以外にももっと興味を持ってもらえるに続けられる記事があってもいいかも?
    サバイバルオヤジ、そんなタフなオヤジ特集も面白そうです。

    キャンピングカーやらカヤック、キャンプに料理など下手したらBE-PALとかぶりそうですが、例えばビル内でのサバイバル術とか、都会でしか出来ない方法を提案してみてはいかがでしょうか。
    あと、法律などの生き抜く為のヒントなども紹介されれば嬉しいです。

    例えば持ち主の解らないほど天災で壊れた車から生き抜く為にガソリンを抜いて被災した多くの人の食料調理や暖房に使う事は法律的にどうなのか?とか。

    いつまでも保存したい雑誌となるようなご活躍、期待してまっせ!