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遠い国から飛んできた焼き鳥。

2012 年 10 月 2 日 プロデューサー コメント

最近よく通りかかる焼き鳥屋で、嫌のものを見てしまった。ここはいかにも昭和って風情の店で、夜になれば店頭に設置された焼き台から、煙がモクモクと立って客を誘う。その誘惑に負けそうになりながらも、なんとか振り切っていたが、チャンスがあれば入ろうと思っていたところだった。ある朝のこと、車からいくつも降ろされた段ボールには焼き鳥との文字があり、そして原産国にはタイと記され、何本入りとの数量までがご丁寧に印字されていた。なんとこの店は串打ちしていないのだ。かつて居酒屋で働いていた僕は、その作業の意外な大変さはよく知っている。大量のもも肉とネギを適度な大きさに切りつけることから始まる。ただ串を通すだけではダメで、カタチを整えながら、また串に絡み付けるように打つべし打つべしと、ひたすら続けるのだ。飲食店にとって仕込みは生命線であり、これをうまく段取りながら進めるのが仕事の能力だった。

ウーム。ここは昨今の大型チェーン店ではなく、備長炭使用の看板を掲げた昔ながらの居酒屋である。日本の労働賃金が乗っかった串より、燃料を使い海を超えて来た一串の方が安いのは今や仕方ないことだが、あそこまで焼き鳥を武器にして戦っている店がこれでいいのだろうか。そしてほとんどの客は知らないだろう。なんだか備長炭までも疑って見えてきてしまう。少なくとも、僕がここで夜を過ごすことは無くなった。

先日惜しくも閉めたさんざん世話になった親父さんは、毎日入念な仕込みをして客を待っていた。絶品の漬けものを支えるぬか床は、毎日手を入れながら維持した。漬かりすぎたら出せなくなるから、どうしても無駄が出てしまう。こうした無駄は飲食店にとってもっとも頭の痛い問題の1つであり、出ないような工夫や努力も職人の技量であるが、最低限の部分は目をつむるしかなかった。だが低価格実現のためには、ここにメスを入れなければならない。様々な技術やシステムが生まれ、さらには海外の安い労働力に頼らざるを得ないのは当然の波なのだろうが、高い技術を持った職人の冴え渡る一皿を食べられる店は減少の一途を辿っている。高い飲食代を払えない社会状況でもあるし、巡り巡ってこうなってしまうのは憂いていても仕方ないのかもしれないが、世界に誇る味覚を持った日本人が減っていることは、飲食業会にとって根本の損失である。

 

 

もちろんこれは飲食に限ったことでなく、僕ら世代は踏みとどませるキーを社会のなかで握っている。時間的な猶予は目減りしている一方だから、ギアを上げたいところだな。

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