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さらば、赤坂の良心。

2012 年 9 月 29 日 プロデューサー コメント

赤坂にある僕が常連にしていた五番館が今月25日をもって閉店となってしまった。先月こんなことも書いたが、本当に寂しい限りだ。40年以上続いた店で、親父さんは34年前に入店したそうだ。やがてオーナーから店の経営を譲り受け、13年は経営しながら板場を切り盛りしてきた。

皆さんは東京の赤坂にどんなイメージを持っているだろうか? 料亭ばかりが並ぶ高級飲食店街で、黒塗りの車で溢れかえっていると思っている方が多いだろうが、それは過去の話だ。僕が赤坂に務め始めたのは20年以上前で、当時すでにバブルは崩壊していたもののたしかにその頃は料亭が多く、ハイヤーが道にあふれていた。風情もあったのだが、今やその姿は変わり果ててしまった。粋人たちであふれていた街は、今や外国人のキャッチがとって代わってしまった。料亭や小料理屋は、チェーン展開する居酒屋や、パチンコ屋、コンビニ等にドンドン浸食された。そんななかにあって、どっこい踏ん張っていたのが五番館だった。たしかに激安居酒屋価格ではないが、赤坂料亭価格ではない。ふぐとうなぎを武器にしていてこれらを頼むと跳ね上がるが、僕は一品ものや煮物などで過ごすから数千円で大満足となる。料理で勝負する店ゆえ、飲み物はリーズナブルな設定になっている。呑んべえの僕にとっては、極上の肴を少々いただきながら、延々と焼酎を楽しめる居心地のいい店だった。

あたり前のことだけど、化学調味料なんか使わないでしっかりと引いた出汁のうまいこと。コイツをベースにしての数々の料理は、あたたかい味と形容するのがもっともよく似合っていて、心が見えてくるようなやさしさにあふれていた。それと僕は裏メニューを持っていた。ふぐが武器だから当然ポン酢がうまい。そこで甘えさせてもらったのが、オニオンスライスのポン酢がけだった。いつも座るなり「タマネギをください」と、赤坂の料亭とは思えないオーダーをする僕は、池波正太郎先生が見たらきっと激怒したことだろう。でも親父さんはいつも快く引き受けてくれたのだ。

営業の最終日に小さな花束を持って出かけてきた。
「親父さん、今日はおまかせでお願いします」と、初めての頼み方をしたのは、長い付き合いの最後の夜を、親父さんが作りたいもので受け止めたかったから。この舌にしっかりと記憶するように酒のペースはあまりあげずに、一品一品をいただいた。鯛のかぶと煮はずいぶんと長く通ってきて初めていただき、相変わらずの完璧な煮魚ぶりに涙が出そうになった。もちろんタマネギもトマトも自然と並んだのだった。

この日は常連ばかりが親父さんとの別れを惜しみながら過ごした。いつかまた小さな店を出すそうだ。客たちはその日を信じているから、笑い語らった。
「絶対に再開してください」
「1年後を目標にします」と力強く答えた親父さんは、僕のひと回り上の巳年で59歳だから、宣言どおりなら年男の60歳で新たな勝負を仕掛けることになる。その日が来るのが待ち遠しい。

  1. avatar
    忍の後輩
    2012年 9月 29日 19:54 | #1

    編集長の目が、若干怖いです(笑)