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不思議の国のアリス~大阪天王寺。

2012 年 9 月 26 日 プロデューサー コメント

先週末からの長い出張の合間に、たまたま大阪の天王寺に寄ることになった。せっかくだから見ておこうと懐かしのライブハウスに行ってきた。ずいぶん前に営業をやめたのは風の噂で聞いていたから、無くなっていても仕方ないと向かったが、当時の姿のままに残っていた。残念ながら店頭で迎え入れてくれるでっかいウサギはいなくなっていたが、まさしくあのアリスだった。

それにしても天王寺の街は変わった。路面電車のおかげでかろうじて方向がわかったが、当時とはまるで違う街になっていた。バンドの仲間と安酒をカッくらった日々の臭いはまったくせず、おしゃれな街並が広がっていた。

このライブハウスに入り浸っていたのは昭和60年のことだ。バブルへと突き進んでいく浮かれ始めた頃、僕はそんな世間と逆行するように天王寺の街でゴミみたいに暮らしていた。たまに入ったギャラを酒とインスタント食料とスタジオ代につぎ込んで、また次のギャラが出るのを待つ。パンの耳や真っ黒のバナナとかでつないだこともあり、テレビと冷蔵庫のない部屋で夢だけを信じていた。あの日々が今に確実に繋がっているのが、自分の中では誇りのように思えていて、だから入り浸っていた天王寺のライブハウスを覗きに向かったのだろう。

おもしろいライブハウスで、とくに毎日ライブを懸命に展開しようとする姿勢は見られなかった。ライブのない夜は近所の連中や音楽をやっている連中のたまり場であり、呑み屋のようだった。バイトの兄ちゃんが好きな音楽をかけながらランチ営業もやっていて、吹きだまりのようになっていた。そんなゆるい空間だったが、出演するバンドはそこそこレベルは高かった。僕もいいメンバーに恵まれて、わりとおもしろいロックを演奏していた。こういう形態の、肩の力の抜けたライブハウスはずっと続くだろうと思っていた。いつの時代も若者たちが懸命に夢のかけらをぶつけていくのだろうと信じていたが、扉には鍵が閉まっていて、僕の汗が少しだけ染み込んだステージまでは見ることができなかった。

初めてトビラをくぐった日が鮮明に思い出される。カウンター内で働いていた、愛想のないバイトの兄ちゃんに話しかけて仲間になるまで、そう時間はかからなかった。その兄ちゃんの仲間たちの輪に混ぜてもらったおかげで、大阪の街にしっかりと馴染めたのだった。本当にゴミみたいな暮らしだったが、熱によって動いたおかげで自分のなかに力となり蓄積されている。「もっともっと熱くなれ。熱があればなんでもいい方へ向かうはずだよ」と、まるで19歳の僕からメッセージが届いたようだ。そんないい気分を味わって、大阪から戻ったのだった。

  1. avatar
    やす
    2012年 9月 27日 08:32 | #1

    いつも楽しみに読ませてもらっています。私も昭和40年男です。今回のブログで引っ掛かるところが…。
    天王寺でアリスでライブハウスってもしかして「不思議の国のアリス」ですか?私も丁度20歳頃にバンドで
    出演してました。いや、ふと読みながら思い出したもので。

  2. おおーっ、まさにおなじ空気を吸っていたのですね。あそこでバイトしていたイダちゃんに世話になり、そのままバンド結成して演奏してましたよ。

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    プロデューサー
  3. avatar
    やす
    2012年 9月 28日 14:49 | #2

    おおー、20数年前になりますが青春でした。もしかしたらすれ違っていたかもしれませんね。私達は少し離れた西成のエッグプラントというライブハウスを拠点としていました。アリスも含めてあの辺りはディープ大阪でしたね。80年代のインディーズシーンも含めた特集なんかあると嬉しいです。頑張って下さい。