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大阪神崎川ブルース。

2012 年 3 月 14 日 プロデューサー コメント

関西出張に出かけてきた。浜松に寄って西明石まで行き、戻りながら大阪、名古屋の大都市に立ち寄る豪華なメニューをこなしてのスケジュールを終えてただいまです、ふーっ。大阪でのアポ間に少し時間が空いたので、ちょっぴりだけ想い出にひたることにした。

27年前の春に、ギターを背負った僕は鈍行列車を乗り継いで大阪にたどり着いた。到着初日は、梅田界隈のライブハウスと楽器屋を散策してオールナイト上映(エロだよーん)の映画館に泊まり、大阪での生活をスタートさせた。数日後にはラッキーなことに阪急線の神崎川から徒歩約10分ほどのところにあるアパートを間借りでき、ここを活動拠点にして激しく動いた。強烈な想い出の数々が散りばめられている。

梅田界隈は、大型の新しい施設が建ち並び、ずいぶんときれいになったが、少し奥の方に入っていくと変わらない街が広がっていた。相変わらずの活気が包んでいて、道ゆく人の歩くスピードが早い。派手なオネーチャンが多いのも、きつねうどんがうまいのも変わらない。

神崎川に行ってみた。短い時間しか取れなかったが、この街はタイムトリップを十分に楽しませてくれた。僕が住んでいたアパートはしっかり残っていた。当時も十分に古くてボロだったのに、27年経ているのだからもうスーパービンテージだ。四畳半一間に共同トイレで風呂なしアパートだったが、あの頃の僕にとってはパラダイスだった。東京モンの世話をしてくれたタメ年男のコージとアキラは『昭和40年男』を手にしてくれたかな? 手にしたところで僕だとは気が付かないかな? 感謝の気持ちがよみがえってきて、あの日々の礼がしたい。川沿いのゴルフ打ちっぱなしは変わらず、寂しい夜に東京の仲間に連絡ををかけた電話ボックスも当時の場所にあり、当時のほろ苦さまで思い出させてくれた。バイトさせていただいた駅前の喫茶店が無くなっていたのは残念だったが、街並みはほとんど変わることなくあの頃のままだった。27年の時間なんざ、たいしたことないと錯覚するほどだ。

毎日必死に生きていた。なんの基盤もなかったけど、奇跡ばかりを夢見て、たちの悪いことに信じていた。今もまったく変わっていないのだから、やはり27年の月日なんざたいしたことない。あの頃と比べれば、わずかながらの武器と力を手に入れたのだから、もっともっと攻められるはずだ。帰りの車窓に映る自分に激を飛ばしたのだった。

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