シオンさんと焼酎の夜。

先週の金曜日のこと。雑誌にとっては奇跡的といっていい、うれしい時間があった。尊敬するシンガーのシオンさんと酒を酌み交わしたのである。もうかれこれ5年ほど前になるが、インタビュー取材をさせていただいたことがあり、そのときは新宿のライブハウスで2時間にも及ぶ長時間の取材となり、7ページもの誌面を割いた。この時のことを覚えていてくれ、すんなりと会話に入っていった。

知る人ぞ知るシンガーであるが、好きな人にとってはたまらない存在だろう。しゃがれ声で厳選された言葉を投げかけてくる独特の歌は、唯一無二の世界を作り上げている。僕が彼の歌に接したのは22歳のころだった。おーっ、偶然にも今回の『夢、あふれる俺たちの時代』で取り上げた年じゃないか。あのバブルへと向かっていく瞬間に僕は、そんな空気とまったく無縁の歌と出会っていたのだな。

バイト先の後輩が「歌をやっているなら聴いた方がいいっすよ」と、2本のカセットテープを貸してくれた。1本はブルーハーツのデビュー作で『リンダリンダ』が入っていたもの。そしてもう1本がシオンさんの『春夏秋冬』だった。ブルーハーツももちろん凄みを感じたが、シオンさんのアルバムは本当にハマった。彼のおかげで出会えたと思うと、今でも感謝の言葉をかけたいくらいだ。1曲目からもうサイコーにカッチョよく、最後に浅められた『クロージング・タイム』は、浅草秘密基地でチョクチョク披露している曲だ。ライブにもに何度も出かけた。最後に「ありがとな、元気でな」と去っていく姿にいつも痺れていたその人と、焼酎をガンガン呑んだ。人生とは不思議なものですね(by ひばり様)。

「僕は、シオンさんから本物を感じたくて聴いているんです」と、照れながら告白した。5歳年上の本物は謙遜していたが、春夏秋冬を初めて聴いた約四半世紀前から変わらない気持ちだ。なんで呑んだか? 『昭和40年男』を見て気に入ってくれたレーベルの人間が引き合わせてくれたのだ。そこで僕はひとつお願いをした。やがてレコーディングが始まると聞き、俺たち昭和40年男向けに曲を書いてくれと、仰天依頼にもほどがあるが図々しくも頼んでみた。さてさて、どうなることやら。

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2件のコメント

  1. ぼくがシオンさんの曲に出会ったのは、21歳だった1986年の初夏の頃、
    FMラジオからでした。

    当時はだんだんと同世代が軽薄な方向へ流れて行った中で、
    こういう感じの曲をほぼ同世代の人が演っているのは、尾崎豊を除けば、
    希少な存在だったと思います。
    これよりもほんの3~4年ほど前までは、この手の音楽もわりと同世代に受け入れられてはいたんですけどね。

    シオンさんの曲では「12月」が好きですね。

    昭和40年男に向けた歌、楽しみです。

    • 12月は名曲ですね。暮れのライブを観に行ったときに「12月だからね」とアコギ1本で演奏してくれましたよ。カッコよかったなあ。

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