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最新号、堂々完成!!

2012 年 3 月 7 日 プロデューサー コメント

ご覧いただいている画面の右に、さりげなく登場した表紙に気付きましたか? キヨシローさんで勝負した前号の興奮冷めやらぬなか、なんと今号はチャリンコで勝負に出た。すげーっ、なんちゅうチャレンジャーぶりだ。それでは本日よりはしばし最新号のPRをさせていただきますのでおつき合いください。

チャリンコの補助輪が外れた日は、同時に翼を手に入れた瞬間だった。あの快感は今でもハッキリと記憶している。どこに行くのもチャリンコに跨がり、成長とともに移動距離が長くなっていく。するといいマシンが欲しくなるのは当然の欲求で、折しも国産チャリンコブーム到来の時期にシンクロする僕ら世代だ。次々と投入されていく新しいメカニズムに興奮し、手に入れた仲間には羨望のまなざしが注がれた。

あのころチャリンコは高価なものだった。そこにデコレーションされた分だけ価格の跳ね上がったビガビガチャリンコは、下町の電気屋の小倅にとって、ねだることさえ諦めるほどの驚愕の価格帯にあった。ほとんどの昭和40年男が欲しがったはずだが、その夢が成就したのはホンの一握りだろう。やがてロードマンなるちょっと大人の世界を感じさせるマシンを手に入れた友人が颯爽と僕らの前に現れると、ガキどものまなざしをかっさらっていった。僕の股の間にあったのは、母親と共用のクリーム色のボディに、フロントにマウントされたでっかいカゴがまぶしいファミリーチャリだった。

僕らはチャリンコに乗ってどこまでもいった。前だけを見て思い切り漕いだ。夏の日は汗にまみれて、冬の日は寒さにへこたれそうになりながら、頬をつたってゆく風を感じていた。そんな日々を支えてくれたチャリンコたちを、今回の特集は徹底的に掘り下げてみた。フラッシャー付き自転車に代表される一連のブームは日本独自の進化で、当時の開発者の声や貴重な資料を元に、熱狂の背景にあったものを紐解いた。今号は昭和40年男たちの自分史を検証する、貴重な保存版特集だと自信を持っている。昨今のチャリンコブームとはまったく関連させていない、めいっぱい割り切った構成も『昭和40年男』にしかできないものだ。唯一無二の存在であることのメリットを最大限活かした特集で、勝負のゴングは3日後に鳴る。

  1. 2012年 3月 10日 01:07 | #1

    この度は、昭和45年生まれの「いちフラッシャー自転車ファン」の私に
    総力特集のご協力をさせて頂けるチャンスを頂戴しまして
    本当にありがとうございました。
    「5つも先輩の方々にご覧頂く写真」と思うと、
    まさに背筋も伸びる想いでありました。

    「もしもタイムマシンがあったとして
    自分が子どもの頃に触れた魅力的な商品に
    もう一度触れるチャンスがあるなら、
    今の力で、それらに何をしてあげられるのだろう。」
    よく、そんな事を思っていました。

    当時ピカピカだったおもちゃ、文具、そして自転車。。
    時折みかける「当時物」は元より、
    記憶の中でもまた当時の写真でさえも色褪せ、
    粗いドットのフィルターに幻惑され、
    そこから当時を振り返ってみたくとも
    海の深さ、宇宙の果てを想像しているかの如き息苦しさに
    ふと我に返る、そんな繰り返しでした。

    しかしひょんな事から、
    本当にタイムマシンで21世紀にサルベージして来たかのような
    まぶしい程に堂々とした「エスパトロン5」に出会えました。
    恐らく、当時町で見たそれよりも美しい状態の。

    エスパトロン5発売当時は、私は4歳。
    「男十四の帰り道」ですから、10歳も年上のお兄さん達の自転車です。
    つまり気分的にはエスパトロン5自体も、「私より年上」という意識です。

    写真は、別に誰に見せたかった、という訳でもなく、
    自分が兼ねてから思っていた
    「今の力で、かつて憧れた物達に何をしてあげられるか?」
    を具現化したかったと、それだけのつもりだったのですが、
    これが、編集部員の皆様のおかげで
    想像さえしていなかった素晴らしい形で
    残して頂ける事になりました。

    とかくあれこれ食い散らかし、
    10年周期で数種の趣味を繰り返している私ですが、
    4週目の今回、
    ひとつの形に昇華する事が出来たのかなと、そんな気がしています。

    今見ると、あまりに馬鹿げた自転車ではあるのですが、
    変なモノが飽和している今だからこそ際立つ、驚く程の作り込みの良さ。
    「なんでここまで?」と思いつつも伝わって来る
    当時のエンジニアの意気込み。
    ライバル車より一歩でもリードしたいという負けん気。

    38年たった今でもそんなオーラをまとったままですし、
    今の製品からは感じる事のない「血の気」のようなものを感じます。

    この自転車がまだ売っていた頃の父の歳を、今私は超えているのですが、
    それでも、自分の心をとらえて、離してはくれません。
    離してもらうつもりも無いのですが。(笑)

    このVol.12はエスパトロン5と共に、ずっと大切に致します。
    これを機会に毎号楽しみにさせて頂きます!
    ・・・昭和45年生まれの若輩者ですが。

    この度は楽しい時間を本当にありがとうございました。

    押忍

  2. ご協力ありがとうございました。おかげさまで満足のいくモノづくりができました。また登場願う日が来るかもしれませんので、いつまでも大切にしてくださいね(笑)。

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